第53話
「……………」
暗闇にスマホの液晶画面が白く浮かび上がる。
通話は繋がる事はなく、ひたすら無機質な呼び出し音が響く。
怜はそっと唇を噛み締め、マンションの遥か上階にある明かりの消えた一室を見上げた。
☆☆☆
乙女乃怜との会食から数日後。
夕陽は都内の居酒屋で同僚たちと共と飲んでいた。
メンバーは夕陽の他に笹島と三輪に佐久間というお馴染みの顔触れだ。
「じゃあ、皆の変わり映えない日々に乾杯〜」
座敷の定位置となっている隅の席に陣取った4人はすぐにビールをオーダーする。
そしていつもの三輪の締まらない音頭で乾杯し、宴が始まった。
「カンパーイ!」
一際元気よくジョッキを掲げた笹島は一気に飲み干し、既に上機嫌な様子だ。
「お前、元気だよな。この暑さで…」
佐久間はシャツを捲り、額に浮いた汗をハンカチタオルで拭う。
今日は6月とは思えないほど暑い一日だった。
最高気温が30度を越え、正午には真夏のような暑さになった。
「だからだよ。うぁぁっ。ビールが最高に美味い!」
「オヤジめ…」
夕陽は呆れつつ、適当なツマミをオーダーする。
壁に掲げられたテレビからはトロピカルエースのライブ映像が流れていた。
「おっ、トロエーじゃん!怜サマ、エロ可愛いね〜」
「おいおい、ここ家じゃねーぞー」
三輪はおしぼりを片手に肩をすくめる。
テレビ画面では、新曲のセンターを務める乙女乃怜が大きく胸元をはだけた衣装で激しいダンスを披露していた。
怜と会ったのはほんの数日前の事だ。
こうしてテレビで見ると、本当に別世界にいるのではないかと思うくらい遠く見える。
続いてみなみとエナを見る。
2人はあまりテレビとのギャップを感じない。
本来に今時のJKという感じで、不思議と最初から緊張する事はなかった。
残る2人、森さらさと喜多浦陽菜は会った事はないが、あの日怜から聞かされた事実を知ってからは少し見る目が変わった。
2人はトロピカルエースになる前からそれなりの成功を納めている。
そのキャリアの差がグループ内に亀裂を生んでいるとは悲しいものだ。
これは笹島には言っていないので、彼は呑気に声援を送っている。
「あ。そうそう。今日のトロエー情報仕入れないとな〜。ラジオの公開放送、そろそろ新情報来てるやも」
「笹島、飲みの場でスマホ見んなよな。白けるだろ」
「硬い事言うなって。佐久間。……ん?あれ……怜サマ、羽田野竜生と破局したって」
スマホを見つめ、笹島は呆然としている。
「そのハタノリュウセイって誰なん?」
佐久間の問いかけに三輪も知らないとジェスチャーする。
ちなみに夕陽も知らない名前だ。
「怜サマと同棲報道出てた2.5次元俳優だよ。つか先月別の一般女性と極秘入籍してたってさ」
「その2.5って何だ?四次元ポケ○トの仲間か…?」
佐久間には次元すら理解出来ない遠い世界の話のようである。
「マジ?よく知らないけど、そいつ相当なクズじゃん」
三輪は憎々しげに卵焼きを頬張る。
「だよな。だよな〜。あぁ、傷心の怜サマをお慰めしたいわー」
「乙女乃怜の破局ねぇ…」
夕陽は数日前の怜を思い出していた。
あの頃、彼女は既にそれがわかっていたのだろうか。
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