第52話

「トロピカルエースが二極化……ですか」


夕陽は箸を置き、向かいで困ったような表情で鉄板を見つめる怜に視線を戻した。


「ええ。本来ならあまりこういった内輪のトラブルを出すのは良くないと思うのですが、この子の事を親身に気遣っていただける方がいるなら、前もってお話しておきたいんです」


そう言って、怜はみなみの方を見た。

みなみはまだ肉を焼くのに夢中になっている。


「……あの、話してください。俺に何が出来るかわりませんが、聞いてから判断したいので」


夕陽の言葉に怜は神妙に頷いた。


「まず、あたしたちトロピカルエースがどのような経緯で結成されたかはご存知ですか?」


「確かネットのオーディション番組でしたよね?俺はリアルタイムで見た事はなかったんですが、後から拝見しました」


「ええ。そうです。次世代アイドル発掘オーディションとして、音楽ユニット「on time」のお二人が一からアイドルを探し、プロデュースするプロジェクトでした」


怜は懐かしそうに笑った。


「on time」とは、ボーカルの日羽渉(ひわ わたる)とリーダーでシンセサイザーの秋海棠一十(しゅうかいどう かずと)による男性二人組のユニットだ。


五年前にインディーズシーンからメジャーデビューし、以来多彩なサウンドで日本の音楽界を席巻して来た。


メジャーデビューから三年後、ボーカルが家業を継ぐ為、芸能活動から引退した事で一時ユニット存続の危機はあったが、当時作詞の補助やアレンジのサポートをしていた15歳の日羽渉が引き継いだ事で、それが新たな風となり海外ツアーを成功させるまでに成長した。


その二人がしばらく「on time」としての活動を休止し、渉が大学進学、一十が兼ねてより希望していたプロデュース業に専念したいと発表した事からこのプロジェクトは始まった。


選考方法は二つ。

一つは一般公募。

13歳〜25歳までの歌やバラエティ番組に興味がある女性が基準で、応募は郵送での書類提出かネットでの応募も可能だった。


二つ目は、「on time」の二人がそれぞれ業界内で注目している人材を各一名ずつ選出する。


このオーディションの模様は毎週、動画サイトで配信され、番組後半ではかなり盛り上がり、テレビ番組からも注目されるようになっていた。


メンバー選出後、渉はプロジェクトから外れ学業に専念する事になり、プロデュースは一十一人で行う形になる。



「そこで選ばれたのが、森さらさ、喜多浦陽菜、あたし、乙女乃怜、後島エナ、そしてこの子、永瀬みなみなんです」



「ええ。彼女と知り合ってから番組は拝見しましたよ。合宿に滝行までしてましたよね」



「そうそう。あれ、ホントにヤバかったよね」


みなみがウンウン唸りだしている。

当時から彼女たちはこんな身体を張った挑戦を強いられていたらしい。



「そんなんです。それであたしたち3人が選ばれ、最後に合流したのがあの2人だったのですが、彼女たちはもう既にある程度のキャリアを積み、一定の成功をおさめた芸能界の先輩です」


「…………」


「彼女たちからすると、いきなりこれから素人と組んで仕事をしろと言われて面白いわけありません」



夕陽のいる会社は社長の方針で、他の職種の企業と比べて、それ程上下関係に厳しくない。

勿論役職はあるし、最低限の敬いはある。

だが、立場が上だから下だからという事で仕事を振り分けず、何でもやれるヤツがやるという形を取っている。


そうする事で、色々な仕事が出来る様になり、様々なトラブルにも対応が可能になる。

ただ、大きな決済はさすがに上司の仕事になるが。


まぁ、そのシステムに乗れず、笹島のように雑用ばかりになるヤツもいたりするのだが、そこは努力で埋めないとならない。


そんな環境にいた夕陽には、それがとても怖く感じた。


怜は寂しげにため息を吐いた。


「それでも最初は仲良くやっていこうとしたんですよ。でも彼女たちの方から壁を作られて…」


「森さんは特に、そういうのあるよね〜。子役からだから芸歴かなり長いし」


みなみも同時にため息を吐く。

テレビでは華やかに見える彼女たちだが、その裏では色々あるようだ。


「なるほど。それで二極化なんですね」


「ええ。今では仕事以外であたしたちが彼女たちと話す事は滅多にありませんし、仕事の打ち合わせも別々。何かあれば全てマネージャーを通してのやり取りになってます」


「うわぁ。それマジですか」


この事実をメンバー全員仲良しなトロピカルエースのファンである笹島が知ったら、どうなるのだろう。


「だからあたしがエナとこの子を守ってあげなくちゃって思ってるんです」


「早乙女さん…」


「去年、この子がファンに刺された時も、あの2人はお見舞いに行こうともしなかった。特に退院間近にあたしが無理矢理連れて行った時に、病室でそれをアピールするような写真を撮ったのも許せなかった」


怜は拳を握りしめている。

その白い手は怒りに震えていた。


「真鍋さん、どうかお願いします。あたしの目の届かない範囲はあなたがこの子を守ってあげてください」


怜は静かに頭を下げてきた。

本当にみなみの事を大事に思っているのだろう。


「頭を上げてください。早乙女さん。言われなくても、それは守ります」


「夕陽さん…」


みなみは感動したように夕陽を見上げている。

すると怜はそんな夕陽に素早く囁いた。


「あたしとしてはあまり一般男性との交際は認めたくないけど、今回は目を瞑るわ」


「早乙女さん…」


彼女の瞳には何か一般男性との交際に含みがあるのか、不安定に揺れていた。

夕陽は所在無さげにウーロン茶を飲む。

しかしそんな彼女は不意に真顔になった。


「あ。言っておきますが、ちゃんと避妊してくださいね。仮に授かり婚になったりして記者会見なんてやめてほしいから」


「ぶっ……」


盛大にウーロン茶を吹いた。


「さぁ、今日は食べまくるわよー!」


「おーっ!」


……「勘弁してくれ」






















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