第48話

「……なぁ、あの後ろの席からこっち見てるオッサン、記者とかじゃないだろうな?」


「へ?まさかぁ」


昼食で立ち寄ったイタリアンレストランは、ランチタイムを少々外した事から客の数は疎らだ。


夕陽は神経質にキョロキョロと周囲を見渡しながらペペロンチーノをフォークに巻き付ける。


「夕陽さん、ちょっと気にし過ぎじゃない?大丈夫だよ。この格好の時、バレた事ないから…」


みなみはアスパラとベーコンのクリームパスタを器用に絡めながら、お気楽に笑う。


「いや、あるだろ。指抜き返した時に。あっさり見破られて、お前半べそかいてただろう」


「か…かいてないから!何それ。夕陽さんの記憶の中ではそんな認識になってたの?」


「……今の論点そこじゃないだろ。とにかく、あのオッサンは怪しいから、早く店を出ようぜ」


夕陽は残りのパスタを一気に口に入れる。

一方のみなみは、まだ気にし過ぎだと言って、周囲を気にする事なくゆっくり食べている。


「お前さぁ、そういうの気にしないの?芸能人だろ」


周囲に聞こえないよう、「芸能人」という部分だけ小声で囁く。

しかしこれだけこちらが配慮しているというのに、当のみなみは全く気を付けている素振りを見せない。


「別に気にしないかな。そんな一々気にしてたらどこにも行けないよ〜」


「……相手が異性でもか?」


「そだね。まぁ、ウチの事務所、結構そういうのユルいから。別に恋愛禁止とかじゃないし。だから早乙女さんや陽菜だって普通にカレシいるし」


「……あのな、そうサラッと他のメンバーの爆弾投下するなよ。まぁ、確かにお前のマネージャーもそんな事言ってたよな」


夕陽は去年、みなみの事件で内藤と話した時の事を思い出していた。

あの時、特に二人の交際を反対するような事は言ってなかった。

逆に応援するような事さえ言われたような気がする。



「うん。だからそんなに気にしなくていいよ。事務所としては勝手に結婚とかしない限り、煩く言わないから」



「そっか……それなら…ん?今、何て言った?」


水の入ったグラスを手に、夕陽の動きが固まった。


「え?そんなに気にしなくていい」


「その後だよ」


「勝手に結婚でも……」


「それマジかよ」


夕陽は水を一気に飲み干した。


「え?あ〜。うん。最初に事務所と契約する時にそんな事言われた。恋愛はいいけど結婚はNGみたいな事」


「……………」


絶句した。

それはアイドルと恋愛は可能だが、結婚は不可能だという事だ。

みなみはそれを知った上で自分と交際している事になる。


つまり、現段階で彼女の選択肢に自分との結婚はないという事だ。



「あれ、どうかしたの?夕陽さん」


みなみはパスタを食べ終え、軽く口元を拭った後、すぐにマスクを付ける。

まるで自分がどんな重大な事を言ったのかわかってないような気楽さだ。


「いや。別に…」


彼女との結婚は自分の中で、ある一つの目標だった。

しかしそれが出来ないとなると、この先どう彼女と向き合うべきなのだろうか。


その後、デートはショッピングをして夕食も共にしたが、夕陽の頭の中はその事で一杯になり、心から楽しむ事が出来なかった。










追記。


次回より「人気絶頂アイドルと結婚する確率編」

つまり最終章に入ります。

まだ未解決な問題(トロエーの残りメンバーの登場、詩織問題等)…がいくつかあるのですぐには終われないと思いますが、どうか最後まで見届けて頂けると有難いです。

完結秒読みなタイミングは上記のサブタイトルが入った時になります。


実は「一等星のプロポーズ」で物語的には終わっているのですが、結婚しないのかよ?…となるかなと思って、そこまで書いてみる事にしました。

しかし中々結婚しそうな気配がない。

大丈夫なのか…。

このままでいくと…。


予想。


あれから20年の月日が流れた。

今日は元トロピカルエースの永瀬みなみ芸能活動21周年記念兼、引退コンサートが開かれる。


沢山の拍手の中、やがて客席が割れ、壮年の男性が現れた。


頭には白いものが混じり、目元にはうっすら皺が刻まれている。それが彼の身に降り積もった年月の経過を感じさせた。


そしてステージには39歳のアイドルが待っている。

彼女の瞳には涙が溢れていた。


男性はゆっくりとステージに上がり、やさしく彼女を抱きとめる。


「君を迎えにきたよ。お帰り、俺の一等星」



        完


…に、なりそう。

そうならないよう、何とか頑張ります。







 

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