第47話
「普通、映画開始早々に寝落ちするか?」
「ふぁ〜ぁ。よく寝たぁ。頭スッキリ♡」
「………」
シネマコンプレックスのロビーにて、夕陽は恨めしそうな顔で無神経な恋人を見やった。
「だって夕陽さん、またヌルい映画選ぶんだもん」
隣をむくれた顔で歩くみなみは、デートという特別な日であってもニット帽に濃いめのサングラスにブラックのマスク、グレーにパープルのラインが入ったジャージスタイルだ。
誰もこの冴えない格好の煩い女子が、人気アイドルだなんて思わないだろう。
ただ服装の怪しさでチラ見される事はあるが。
今日はみなみの提案で、お忍びデートをする事になった。
今回は彼女が行きたいところに行くという事になったので、夕陽は行き先を知らない。
最初に訪れたのはこのシネマコンプレックス。
まぁ、上映中は暗くて他人の顔等よく見られる事もないので、お忍びデートとしては予想の範囲だ。
しかしみなみは上映開始直後のオープニングからイビキをかきだした。
「ヌルい言うな!大体お前が俺に選んでいいって言ったんだぞ」
「でも、まさか「めちゃラブ」の実写版選ぶなんて思わなかったよ。デートなんだからここは可愛い彼女に忖度して「死霊の日曜日」でしょ?」
みなみは両手を前へ突き出して、今はもう古くなった「○○でしょ?」ポーズをとる。
「そんなの却下に決まってるだろ。俺の心が死ぬわ」
「わかってないなぁ。夕陽さん、あの映画さぁ、オープニングでいきなり男が壁ドンかまして「黙って俺に従ってたらいいんだよ」って、どんだけクソなんだよ?って思わない?もう、そこだけ見た時点で私としては無いな〜。サヨナラって感じなの」
「お前、マジでヒロインとしての自覚ある?」
「?」
夕陽は怖い系が苦手である。
サスペンスはいいが、ホラーやスプラッタ、グロテスクな表現の作品は昔からダメだった。
幸いにもこれまで、この手のジャンルが好きな友人や知り合いもいなかったので避けられていたのだが、ここに来て大のホラー好きな彼女が出来てしまった。
みなみが観たかったのは「死霊の日曜日」という映画で、休日、キャンプに来た若者をゾンビが襲うという王道ホラーらしい。
予告編を見ただけで、夕陽には鳥肌ものだった。
一方、今回夕陽のリクエストで観た「めちゃラブ」は原作が漫画で、冴えない女子高生の主人公が学校で一番のイケメン、ドS王子に見染められ、彼の意地悪に翻弄されながらも惹かれていく王道のラブコメだ。
「はぁ。あの男の言動抜きにしても、何かヌルいんだよね。あの漫画。リアルがない。血や内臓も飛び散らない。ゾンビも出てこないし。どうせ見るならもっと血湧き肉躍る展開にしなくちゃ、退屈で寝るしかないじゃん」
「学園胸キュンラブにゾンビは出ないから!……そうだよな。お前は出会った頃からそういうヤツだったよ」
夕陽はため息を吐いた。
するとみなみは笑顔で夕陽の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「でも、好きなんでしょ?」
その上目遣いは計算だとわかっているが、どうにも抗えないものがある。
流石はアイドル。あざと過ぎる。
夕陽は目を逸らし、やや目元を赤くしながら頷いた。
「……………だな」
本当にこういう時の男はバカである。
恋という麻薬は一度ハマると、どんなに真面目に生きてきた人間でも、芯の通らない腑抜けに変えてしまう。
「あはははっ。もう可愛いなぁ。彼女にしたい」
「大人をからかうなー!」
片方の手でみなみの耳を引っ張る。
「イタタタっ。わかった!次行こうよ。夕陽さん」
「次、プラネタリウムとかか?」
顔が見られないような場所としては最適かと思ったが、みなみは首を振る。
「ブー。違います。もう暗闇でナニしようと思ってるの?エッチだなぁ。夕陽さん」
「本当にしてやろうか?」
カチンときた夕陽が顔を近づけると、その口に飴玉が押し込まれる。
「!?」
「さて、元気に次、行こう!」
「……梅昆布茶味の飴かよ。渋すぎるチョイス」
夕陽はそんな彼女の後に続いた。
デートはまだ始まったばかりだ。
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