第46話

年が明けてからはまたお互い忙しい日常が戻ってきた。


みなみは芸能活動を再開し、無事に音楽番組で復帰をファンに報告した。

そして春には一年遅れで高校も無事に卒業出来た。


まぁ、出席日数はかなりギリギリだったようだが。


これで完全な形となったトロピカルエースは歌にCM、ドラマ、映画、バラエティ等、様々な仕事が舞い込み、毎日彼女たちの姿を見ない日はないくらいになった。


夕陽の方も最近は個人で任される仕事が増え、毎日のように残業が続いた。


それでも交際の方は一応順調で、時間を見つけてはお互いの部屋での逢瀬を楽しんでいる。



「……お前なぁ、少しは自分で片付けたらどうなんだ?毎回、俺はここで家事をさせられている気がするんだが?」


キッチンの流しの滑り取りをしながら、夕陽は額に浮かんだ汗を腕で拭う。


実は家事をする事は夕陽にとって苦ではない。

一人暮らしをしてから料理や洗濯、掃除が好きになった。

しかし自分はハウスキーパーではない。あくまでも自分の部屋だけの話だ。



初めて彼女の部屋に来た日の衝撃を夕陽は今でも忘れない。



人気アイドルから自宅に招待され、浮き足立ち、柄にもなく薔薇の花を持って訪ねてみると、そこはアイドルの自宅ではなく、殺伐とした古戦場が広がっていた。


分厚い遮光カーテンのせいで真っ暗な部屋は荒れ、よくわからないガラクタが散乱し、数日経過したようなデリバリーのピザらしき物体がテーブルの上を占拠している。


キッチンはシンクに洗われてない食器や即席麺の容器が無理矢理突っ込まれ、鍋に何か判別不能な黒い物が乾いて悪臭を放っていた。


とてもテレビで清潔感と清涼感たっぷりに歌って踊るアイドルのお部屋には思えなかった。


「別にそんなの本人が気にしてないんだからいいじゃん。夕陽さんって、ホントにオカンだよねぇ」


「……少しは気にしろっ!」


ゴミの上でクッキー(めちゃ高級なヤツ)をムシャムシャやりながら、みなみはテレビを見ている。

番組ではみなみと陽菜が中華店で超激辛麻婆豆腐に挑戦している様子が放映されていた。


「もう。面倒くさいなぁ。それよりこっち来て夕陽さんもテレビ一緒に見よ♡このロケ、すっごくキツかったんだよ〜」


「俺にはゴミの中で食ったり、テレビ見たりする趣味はねーよ」


夕陽のネイビーのエプロンは汚部屋掃除ですっかり汚れていた。


「だって、帰ってから掃除なんてする時間ないよ〜。ただ食べてシャワー浴びて寝るだけだもん」


「現役アイドルも単身赴任のオッサンと変わりねーのな」


夕陽はげんなりした顔で、床に散らばったゴミを拾う。

まぁ、それだけ彼女の毎日は忙しいという事だろう。


「それよりアイドルとお部屋デートの感想は?」


夕陽はそっと顔を近づけ、彼女の耳元に軽く口付けながら囁く。


「これはデートじゃなくて一方的な強制労働だ♡」


「顔と台詞が一致してない…。怖いよ。夕陽さん」


「だったらお前も手伝え」


「面倒だなぁ…」


仕方なくみなみはテレビを消して立ち上がる。

するとその膝からパラパラと先程食べていたクッキーのカスが床に落ちた。


「あぁっ、そこさっき掃除したトコだろう。何やってんだよ」


「やっぱりオカンだ…」


「……今度言ったらわかってるな?」


そして二人はその後、黙々と部屋の掃除に励んだ。



         ☆☆☆



「終わった〜!床が見えるよ、夕陽さん」


二時間後、すっかり綺麗になった我が部屋を見て、みなみは感激していた。


「あれ、夕陽さん?」


またてっきり何か可愛げのない事を返してくるかと思ったが、反応はない。

不思議に思い、みなみはキッチンへ様子を見に行った。


「夕陽さ……あっ」


キッチンでは冷蔵庫にもたれるようにして夕陽が眠っていた。

自分も仕事で疲れていたのに、こうして掃除を頑張ってくれたのだ。


「やっぱり睫毛長いなぁ…」


みなみは起こさないよう、ゆっくり彼に近付くと、しゃがんでじっくり彼の寝顔を観察した。


「…………悪かったな。女顔で」


「あっ、起きてたの?」


突然、夕陽の瞼がカッと開かれ、意志の強い瞳が現れる。

どうやら起きていたらしい。


「…お前の鼻息が顔にかかって、くすぐったかったの」


「何それ。勝手に人を野獣にしないでよ。それに夕陽さんは女顔じゃない。カッコいいよ」


「は?何だその取ってつけたようなのは」


みなみは素早く夕陽に口付けて微笑む。


「夕陽さんはちゃんと男の人だってわかってるって事」


「………みなみ」


夕陽は黙ってみなみの頭を自分の胸に引き寄せる。

最初の頃はこれだけで、彼女の身体はガチガチに固まったものだったが、最近はそれが抜けてきた。


みなみは安心したように、身体を預けてくる。


「ねぇ、夕陽さん」


「何だ?」


「来週、お忍びデートに行こうか」


「はぁっ?」


夕陽は弾かれたように彼女から身体を離した。












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