第45話

「………あ〜ぁ。結局、今年もこうなるんだよなぁ」


キッチンで洗い物をしながら夕陽はため息を吐いた。


年末年始、実家でひたすらダラダラと過ごし、自宅に戻ったのは昨日の夕方だ。

今日一日は、だらけきった実家モードから通常モードへ切り替えるための予備日に当てるよう段取りを整えたはずだった。


しかしそんな目論みは一回のチャイムで綺麗に粉砕されてしまった。


何故か最近忙しくしているとばかり思っていたみなみが遊びにやって来たのだ。


相変わらずのボサボサ髪に伸び切ったジャージ姿で呑気に「あけおめ!」と言って自分の部屋のように入り込み、早速持って来た漫画とお菓子を広げ、ゴロゴロし始めた。


「その友達の家に遊びに来た中学生スタイル、相変わらずだよな」


「ん〜?何、あっ、夕陽さん。この漫画読んでみてよ。激アツだよ」


そう言ってみなみは脳や内臓のはみ出した怪物のような表紙の漫画を差し出してくる。

それを見た夕陽は盛大に顔を顰めた。


「嫌だよ。それ、グロいやつだろ。俺、一巻で主人公の友達が怪物に頭刎ね飛ばされたの見て、すぐに心折れて読むの止めたぞ」


「えーっ、勿体ない。こっからどんどん面白くなるのに。私だったらこの記憶だけ消してもう一回楽しみたいくらいだよ」


「お前、絶対変っ!アイドルならもっと大人しくて可愛い漫画を読めよな」


夕陽はそっと恐ろしい表紙を裏返した。

すると裏はもっとグロテスクな絵が出てきたので、慌ててその上にティッシュの箱を乗せた。


「オッシャッテル イミガ ワカリマセン」


「……だから。うーむ。じゃあこの「めちゃラブ」とかどうなんだ?冴えない主人公が学校で一番イケメンのドS王子に…」


「うーわ。それ、絶対面白くないヤツだー。ヌルい」



「…………」


どうも彼女とは漫画の趣味が合わないようだ。


「それに夕陽さん、アイドルに夢見すぎー。アイドルだって☆☆☆や☆☆☆だってするんだよ」


「サラっとモラハラするな。笹島なら泣くぞ」


みなみは唇を尖らせる。

そんな様子が可愛くて思わず手が伸びそうになったが、すぐに我に返る。

詩織に言われた事がまだ脳裏にこびりついていたからだ。


「あ、そういえばお前に土産があったんだ」


そんな空気を変える為、夕陽は別の話題を振ってみた。

少し露骨だったかと思ったが、みなみは素直に喜んでいた。


「え、ホントに?何だろう。嬉しいな」


夕陽は寝室に戻り、紙袋を手に戻って来る。


「ん、ほれ」


「開けても?」



「どうぞ」


夕陽は頷いた。

みなみは嬉しそうに袋を開ける。


「あっ、花園神社のお守りとおみくじだ」


それを見た瞬間、みなみの顔に懐かしさが宿る。


「よくわかったな」


「うん……?前は詩織と一緒にお参りしてたから」


「………そうだったのか」


夕陽は神社で会った野崎詩織の事を思い出した。

詩織はもしかしたらみなみに会えると思って来ていたのかもしれない。


彼女と会った事をみなみには言ってない。

言えばあの時、彼女から浴びせられた言葉を口にしなくてはならないので、黙っている事にしたのだ。


「懐かしいな…。あ、おみくじも開けていい?」


「あぁ。俺が引いたんだから、あまり良くないかもしれないけどな。俺は末吉引いたし…」


「ふふふっ。私なんていつも凶だよ?大凶だって引いたし」


「マジか…」


夕陽は楽しげに笑う。

みなみも笑いながらおみくじを開いた。



「あっ、大吉………」



「おっ、やったな。良かったじゃん」


そう言って夕陽はみなみの頭を撫でた。

するとみなみの瞳から涙が零れ落ちた。


「みなみ?」


「ありがとう。夕陽さん。私、大吉引いたの初めて」


「え?初めてって、今まで一度も?」


みなみは黙って頷く。


「バカだな。何で泣くんだよ」


「……嬉しかったからだよっ。それくらい察してよ」


みなみは鼻をグズグズいわせながら夕陽の胸に頭を押し付ける。


「鼻、垂らすなよ?」


「えーい、垂らしてやるっ!」


みなみは再び笑顔になった。

こんな風に一日を過ごすのも悪くはない。

まだやり残した家事はあったが、夕陽はこれで満足していた。


こうして年は明け、正月休みは終わった。

明日からはまたいつもの日常が始まる。















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