第44話「野崎詩織side*醒めない夢*」
「わぁ、大吉だ。巳波はどうだった?」
「あ〜。あはは。私は……大凶だった。ほ…本当にあるんだね。コレ」
元旦。
二人で花園神社へ行き、一緒におみくじを引いた。
この神社はおみくじの種類も豊富で、可愛らしいものが多い。
それを目当てに二人は毎年ここで運試しをしたものだ。
詩織は大体、大吉を引く事が多く、逆に巳波はいつも凶を引いてしまう。
しかし今回、大凶は初めてだったのでショックを隠せない。
「それ、貸して」
「詩織?」
詩織はそんな巳波のおみくじを取り上げると、自分の大吉と重ねて、それを枝に結んだ。
「これで中和されたね」
「えー、そんな力技、通用するかなぁ」
「いいんじゃない?そんなの信じた者勝ちだよ」
詩織は楽しげに笑う。
「はぁ…。ま、いっか」
つられて巳波も笑った。
そしてお互い、ずっと一緒にいよう、共に生きたいと願った。
「……………」
その詩織の隣にもう巳波はいない。
だから何も願う事もなくなったので、他の参拝客に合わせ、願うフリをする。
もしかしたらこの思い出の神社に巳波が来ているかもしれない。
そんな淡い幻想を抱き、つい今年も来てしまったが、やはり彼女の姿はなかった。
そろそろ彼女の芸能活動再開の日が近いので、それどころではないのかもしれない。
詩織はゆっくりと境内を離れた。
もうここへ来る事はないだろう。
そのまま出口へ向かうと、背後から声をかけられた。
男の声を聞くと、今でも身体が硬くなり、涙や冷や汗が滲んでしまう。
「やっぱり詩織ちゃんだ〜」
声をかけてきた相手を見て詩織は少しだけ緊張を解いた。
相手はみっともないアフロに派手なスカジャン、ダメージジーンズのホールからは趣味の悪いピンクのスキニーがこんにちはしているような男だ。
「……また貴方なの?ストーカーなの?」
この男の顔には見覚えがあった。
前に自分に絡んできたので刃物で脅したら、逆に興味を持たれ、迷惑な思いをした部外者のくせにお節介なアフロ男だ。
「いやいやいや、ストーカーは君だからね?」
「話にならないわ」
この男と話していると頭がおかしくなる。
無害だという事はわかるが、特に相手をする必要もないので、すぐに離れようとした詩織の視線が固まる。
……「あの男は…」
詩織はアフロ男のすぐ後ろに目立つ顔立ちの男が立っている事に気付いた。
その男の顔も知っていた。
初めて巳波が自分のテリトリーに入れた男。
真鍋夕陽だ。
憎らしいくらい整った顔をしている。
全体的に線が細く、あまり男性特有の威圧感を受けないのが良かったのだろうか。
その真鍋夕陽は強張った顔でこちらを見ていた。
面白い事に、その顔には怯えが混じっていて、こちらの優越感を大いに満たした。
だからもっと傷付けてやりたくなった。
多分、この男は明るい日向を生きてきたはずだ。
「ねぇ……」
彼はまさか詩織から声をかけられるとは思ってなかったようで、更に顔を硬らせた。
彼は自分たちとは違う。
自分や巳波が受けてきた苦しみや哀しみなんて知らない。
知る必要もない。
そんな人生を送ってきたはずだ。
だから詩織は彼に毒を注ぎ込む。
「貴方はもう巳波を抱いたの?」
一瞬で言葉の意味を理解した彼はびっくりしたように、こちらを見返してきた。
白皙の肌に朱が混じっている。
その反応は意外にも純情そうに見え、こちらの方が驚いた。
「あの子は本心から、男に身も心も許さないわ。これから先もずっとね」
それだけ言って、詩織は真鍋夕陽から離れた。
恐らくまだ巳波はあの男と一線は越えてない。
巳波に植え付けた男への恐怖心は強固だ。あの男にそこまで踏み込めるはずはないだろう。
手を出せない女こそ面倒なものはない。
だからすぐに二人は別れる。
「……出来るはずないのよ」
詩織はそうブツブツ呟きながら、思い出の地を後にした。
多分もうここへは来ないだろう。
一人で夢を見るには、この思い出はあまりにも苦しい。
この現実が夢であって欲しかった。
自分はいつまで、この醒めない夢の中にいるのだろう。
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