第43話
「だーかーらー、クリスマスも散々イチャコラ見せつけやがって、神聖な元旦まで見せつける事ないだろって言ってんだよ」
今日は元旦、また新たな一年の始まりである。
昨日は家族で蕎麦を食べながら歌合戦を見た。
そこで他の歌い手については全く詳しくないのに、何故かトロピカルエースというアイドル歌手だけやけに熱く語る夕陽への不信感が高まる等、ヒヤヒヤする一件もあったが、概ね楽しく過ごす事が出来た。
そしてその後は気持ちよく惰眠を貪る気満々で朝まで眠っていたら、笹島が遊びに来た。
彼は昨日、トロピカルエースではないアイドルのカウントダウンライブへ参戦していたはずだ。
ライブ後は仲間たちと盛り上がって、朝までカラオケをしていたらしい。
そしてそのまま一睡もせず、その足で夕陽の実家まで来たという。
何ともタフな男だ。
現在、夕陽宅で雑煮を御馳走になった後、笹島の提案で新宿まで出て、花園神社へ初詣に行く事になった。
花園神社は夕陽たちが毎年初詣に行く神社だ。
今年もやはりもの凄い人出で賑わっていた。
「笹島、お前は相変わらずだな。年も改まった事だし、少しは成長したらどうなんだ?大体クリスマスにいたヤツらと同一人物とは限らないんだぞ」
境内でしっかり手を合わせ、今年一年の平和を願う。横でまだ周囲のカップルを僻む笹島を宥めながらも夕陽はぼんやりと永瀬みなみの事を考えていた。
彼女の芸能活動復帰は来週の歌番組からだ。
今はその準備で忙しいはず。
スマホを見てみるが、あれから何も連絡はない。
こちらから連絡するのも、何だか悪いような気がして中々踏み切れなかった。
「さ〜て、おみくじ引いて帰ろうぜ。夕陽はいいよな〜、既にぜってぇあり得ないくらいの幸運にありつけたんだし」
それは暗にみなみの事を言っているのだと思うが、敢えて無視して夕陽も料金を払い、おみくじを引いた。
「おっ、やりぃ!大吉さん。夕陽はどうよ?」
笹島が拳を握りしめて飛び上がる。
オーバアクションなヤツである。
夕陽もおみくじを確認する。
「………末吉」
「うん。微妙だね♡」
「………その顔やめれや。腹立つ」
おみくじは末吉だった。
夕陽はため息を吐き、それをおみくじ結び所に結んだ。
「俺は当然持って帰るぜ」
「はいはい」
笹島は早速おみくじをポケットの長財布にしまった。
大事な物は大体財布にしまうのが笹島だ。
「さて、人混みもキツいし帰るか」
やる事も終え、夕陽は欠伸を堪えながら伸びをした。
これから帰って、もう一寝入りするのもいい。
「そだなー。じゃあ帰るか〜」
オールだった怪獣並みの体力を誇る笹島も、さすがに午後になるとキツいらしい。
見納めとばかりに振袖姿の女性たちを変態めいた視線で睨め付けると、夕陽の意見に同意した。
「昼飯もウチで食ってから帰れよ。母さんが準備してるみたい……て、笹島?聞いてるのか」
先程、母親から昼食を用意しているから、笹島も連れて来いとメッセージが入っていたので声をかけたのだが、笹島はある一転を見つめたまま動かない。
通行人たちはそんな邪魔なアフロを冷たい目で見ていく。
「おい、笹島っ!いつまでも振袖に気を取られてんなよ」
「…………詩織ちゃんだ」
「はぁ?………詩織ってまさか」
「おいおいおい!早速大吉の効果出ちゃった?」
予想外の名前が飛び出し、夕陽は顔を引き攣らせる。
その名前を聞いた瞬間、夕陽の脳裏に野崎詩織の狂気染みた笑みが蘇った。
彼女はあの旅行の日、笹島を襲撃して以来姿を見せていない。
夕陽も笹島も、あれから何度かマンションの前を見張っていたのだが、全く姿を現す事はなかった。
その野崎詩織がこんな人混みの中に現れたというのだろうか。
何かの間違いかもしれない。
そう思い、笹島を止めようとしたが、もう彼は走り出していた。
「おい笹島っ!待てって」
仕方なく夕陽も追いかける。
こういう時、目立つ赤いアフロは便利だ。
見失う事なく、夕陽は境内からやや離れた開けた場所に着いた。
「やっぱり詩織ちゃんだ〜♡」
そこにいたのは冬だというのに白いワンピースに白いムートンのコートを纏った野崎詩織だった。
どうも夕陽の周りの女の子は服装の趣味がおかしな子が多いようだ。
「マジでいたのか…。笹島の嗅覚恐ろしいを通り越してサイコだな」
詩織は笹島を見ると盛大に顔を顰めた。
しかし笹島は尻尾をブンブン振る仔犬のようにテンション爆上がりだ。
「……また、貴方なの?本当にストーカーなの?」
「いやいや、ストーカーはキミだからね?」
「話にならない」
詩織は踵を返す。
これ以上、話す事はないというように。
「ちょい待ってよ。詩織ちゃん〜。これからどっか行かない?」
オールだったヤツが言う台詞とは思えない安いナンパの常套句だ。
しかし詩織はそれを無視して歩き出す。
すると夕陽と目が合った。
夕陽は身体を強張らせる。
「………ねぇ」
「?」
突然声をかけられて夕陽は詩織を見返す。
空洞のように虚ろな瞳だ。
詩織はゆっくりと夕陽に近付き、耳に囁いた。
「貴方はもう巳波を抱いたの?」
「何っ?」
まるで氷の刃のような言葉だった。
夕陽は瞳を見開き、ただ呆然とする。
その反応を見て、詩織は何故か満足そうに微笑む。
「あの子は男に本心から身も心も許さないわ。これから先もずっとね」
「……なっ」
詩織はそう言うと、笹島と夕陽を残し、人混みへ消えて行った。
「何なんだよ、あれは。もしかしてこれは夕陽のハーレム…無双かます気かよ。そんなの許されんぞ!」
何を勘違いしたのか、笹島が理不尽な怒りをぶつけてくるが、夕陽の耳には入ってこなかった。
☆☆☆
しばらくしてようやく落ち着いた夕陽は、逆に落ち込む笹島を連れて出口へ歩き出した。
「ちくしょう。俺はな……俺は大吉だったんだよぉぉ。それが末吉に負けるなんて」
「だから何でもないって、言っただろう。お前もいい加減にしろよな」
夕陽は重いため息を吐く。
「お前、大吉だったんだろ。だったらこれから絶対、いい事あるって。あ、恋愛運を見てみたらどうだ?」
「…だよな?おみくじガチャはお前に勝ったんだし。そういえば俺、よくおみくじ読んでなかったんだ〜。今、見よ♡」
気を取り直した笹島は尻ポケットの長財布に手を伸ばす。
「あれ?」
「どうしたんだよ」
みるみるうちに笹島の顔色が真っ青になっていく。
「笹島?」
どうかしたのかと聞くより先に笹島が情けない声を出して膝をつく。
「財布、スラれたぁぁぁぁっ!」
「何ぃっ?大吉なのにか」
「大吉なのにだよぉぉぉ」
笹島にとっても夕陽にとっても、波乱の一年の幕開けになった。
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