第33話

「だから永瀬みなみさん、いつかその夢が叶った時、俺と結婚して下さい」



「……あああああぁぁぁ。何であんな事言ったんだろうなぁ」


一等星のプロポーズから一夜明けた朝。

自宅に戻った夕陽は一人、ベッドの上で昨日の蛮行を嘆いていた。


「思い出す度におかしくなりそうだ。何だよあれ…あのクソ寒い台詞。馬鹿なのか俺…馬鹿なのか?…あああああぁぁ」


本来の予定では指抜きを渡すだけだった。

プロポーズは最後の手段だった。

もしもみなみが納得しなかった時の為の。


「…でもあれで別れ話は回避されたんだよな?大丈夫だよな?」


ガバっとベッドから起き上がり、夕陽は顎に手を当てて考える。

昨日はあれからお互い気まずくなって、パレード見学もそこそこにホテルへ直行した。


勿論部屋は別々に取ってある。

みなみなら絶対それに不満を漏らし、煩く言ってくるに違いないと思っていたのだが、そんな事はなく、大人しく自分の部屋へ引き上げていった。


部屋に戻った後も夕陽は何度も込み上げる羞恥心で悶々とし、一睡も出来なかった。

今日の朝もぼんやりとした冴えない頭で朝食を摂り、大した会話もないまま朝一番にホテルをチェックアウトした。


帰りの電車も会話らしい会話はなく、隣に座ったみなみはイヤホンを付け、スマホのゲームに没頭していた。


「……大丈夫…だよなぁ」


みなみとは今日は学校があると言っていたので駅で別れた。

トイレで制服に着替え、そのまま学校へ行くらしい。

夕陽もこの後出社しなくてはならないが、まだ時間に余裕があるのでマンションへ一度帰り、身支度を整えてから出る事にした。

それからまた羞恥心が蘇り、悶々としていたのだ。


「はぁ…ダル重いけど行くか」


重い身体を引きずるように、夕陽はやっとベッドから降りた。



         ☆☆☆



会社に着いてもダルさは抜けず、それでも仕事は山のようにある。

せめてミスをしないよう、夕陽は無理矢理気持ちを切り替えて会社のパソコンを立ち上げた。


しかし仕事に身が入らないのは仕方ない。

何個かポカをやらかし、それを上司に詫びながら顔を上げると、ふと笹島の姿が視界を掠めた。


「笹島?…そういえばあいつ、昨日変なメッセージ送ってきたよな。野崎詩織とはどうなったんだ?」


そこでようやく思い出した。

夕陽は笹島に野崎詩織へのコンタクトを頼んでいた。

あれからこちらも色々あって、それどころではなくなったので、すっかり記憶から抜け落ちていたのだ。

ここは一体何があったのか聞いてみなくてはならない。


そう思って笹島の方を見ると、今日の笹島は夕陽に輪をかけて酷かった。


「あわわわっ、確認用の書類がぁぁっ!」


「笹島ぁぁっ!お前何やってんだ」


見ると笹島は大事な書類をシュレッダーにかけてしまったり、顧客データを消してしまったりとポカの部門で八面六臂の活躍をし、その度に上司や同僚から悲鳴が上がっていた。


「うわぁ、俺以上にポンコツがいたよ…」


それに比べればまだ自分は可愛いものである。

夕陽はため息を吐く。



         ☆☆☆


正午になった。

夕陽は笹島を社食に誘った。

今日は珍しく社食はそこそこ賑わっている。

なんでも今週から1ヶ月間、食育を考える月間として野菜を多めに使った特製メニューが出るらしい。


…といっても作る者は同じなので、大体いつもと同じ見た目のいつもと代わり映えのない味付けの物が並んでいる。


その中でも夕陽は野菜たっぷりタンメンというOL受けを狙ったメニューを選び、ブレない男、笹島は初志貫徹、カレーを選んだ。

だがカレーは野菜カレーだ。


「……で、どうしたんよ。お前は」


タンメンを啜りながら、夕陽はまだぼんやりしている笹島に問いかける。

笹島はチリチリ頭に何本かボールペンが刺さったままの頭に手を入れると、深いため息を吐いた。


「笹島?」


ようやく笹島が口を開く。


「何かさぁ、影のあるヤバい男に無理矢理エッチされて、その時はショック受けて怖くて恨んだりするんだけど、やっぱり気になって結局またその男とエッチしちゃうAVのヒロインになった気分…」


「何だよそれっ!アホかお前は」


しかし笹島は夢心地でカレーをかき混ぜる。


「ちなみにその影があってヤバい男の方は誰だよ?」


「詩織ちゃん♡」


「……無理矢理された女の方は?」


「俺♡」


「…馬鹿たれ」


夕陽は箸で笹島の頭を小突いた。


「あでっ!あははは…はぁ」


それでもどこか幸せそうな笹島だ。

どうやら彼にも色々あったようだ。










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