第32話「一等星のプロポーズ」

「私…、バカだった。あの子の気持ちも考えず、ちょっとカッコいい男の子に告白されたくらいで浮ついて」


「みなみ、もういい……」


今も血を流す傷口に刃を突き立てるような痛々しい独白に夕陽はこれ以上踏み込む事を拒む。

しかしみなみは首を振る。


「ううん。あなたに知って欲しい。最後かもしれないから」


「…最後って………わかった」


「私ね、あの時、あの子の流した血を見て目が覚めたの。私があの子の側にいて支えなきゃって。でもそれは出来なかった」


「?」


みなみは淋しそうに微笑んだ。


「私、声が出なくなってたんだ」


「え…?何だよそれ」


「PTSD…。心に過度なストレスがかかって苦しくなっちゃう病気。それで一年くらいずっと入院と自宅療養してた。あ、詩織はわかると思うけど命は助かったよ。手首を切ってすぐに担任が来て救急車を呼んだから。だけど詩織はそれから高校を辞めて完全に自宅に閉じこもってしまった」


それがみなみが一年高校を留年した真実らしい。

予想していた以上に重く、夕陽はそれを受け止めていいかわからず戸惑った。


「声が出るようになって、私は学校に復帰して詩織の家にも何度か行ったんだ。だけどもう私の声は届かなかった。当然だよね。その頃からかな。私への誹謗中傷がネットに上がり始めたのは…」


「………ネットストーカーは彼女なのか?」


「多分ね。だけどそれ以上に私はあの子に謝りたかった。そしてあの子をもう一度笑顔にしたかった」


みなみは夕陽に背を向ける。


「ちょうどその頃ね、中安pのアイドルオーディションのプロジェクトがテレビやネットで告知されていて私はすぐに応募したの」


「まさかそれって…」


「勿論私がアイドルになって、今度こそあの子を笑顔にしたかったからだよ」


みなみは野崎詩織の為のアイドルだったのだ。

だから誰にも心を許さず、心を閉ざしていた。

みなみの抱える闇は全て明らかになった。

だがそれはたった一人の少女に縛られた哀しいものだった。


「ごめんね。夕陽さん。私、やっぱり無理みたい。本当に…今までありがとう。夕陽さんと出会えて楽しかったよ。いっぱい笑顔をくれてありがとう」


そう言ってみなみは夕陽の言葉を待たずに駆け出した。


「ちょっ、おい!自分でしゃべるだけしゃべり倒して逃げるな!」


その後を夕陽は必死で追いかける。

賑やかなパレードを掻き分け、白いパーカーの少女の姿を追う。


「がっ…はっ……はぁ、はぁっ、アイツ、ドン引くくらい速っ…何だよあれ」


陸上で鍛えていると言っていたのは本当だったようで、どんどん夕陽は引き離されていく。

肺が酸素不足でヒューヒューと異音が聞こえる。


「な…情けな〜っ!チクショー」


足がもつれ、ついに夕陽は倒れそうになる。

顔面が地面に着く前、急に腕を引っ張られた。


「大丈夫?夕陽さん」


「は?みなみ?お前どうして……」


腕を掴んだのはみなみだった。

夕陽はみなみに支えられながら乱れた呼吸を何とか整える。


「だって夕陽さん、フラフラで見てられなくて…」


「ぜーはー。悪かったな。軟弱で。だけど捕まえたぞ」


そう言って夕陽はみなみを抱く腕に力を込める。

しかし逆に子供をあやすようにみなみに背中をさすられた。


「はいはい。どっちかというと、捕まえたというより縋り付くって感じだよね。大丈夫?お爺ちゃん」


「余計なことを……。…あのさ、俺お前を諦める気ないから」


「えっ?」


みなみは驚きの表情で夕陽を見た。

無駄に走ったせいで冬だというのに汗で長めの前髪が白皙の額に張り付いている。

まだ足は生まれたての子鹿のようにプルプルしているが、何とか立て直す。


「俺さ、何度か前もこんな風に付き合ってた子にフラれた事があるんだ」


「へ…へぇ。何度もなの?」


ちょっと彼女が引き気味なのが精神にくる。


「…まぁ。ちょいちょい。…で、その度にいつも「あぁ、そうか。なら仕方ないかな」って思ってた。だからまた彼女を説得しようとか考えた事もなかった」


「夕陽さん…」


「だけどそれはもうやめる。俺はこの先もずっとお前といたい。側にいてお前がいつか人気絶頂のアイドルになるのを見ていたい」


その瞬間、みなみの瞳から涙が溢れた。


「お前の怖れる過去も未来も、二人なら乗り越えられると思ってる。いや…一緒に乗り越えたい」


みなみは両手で顔を覆っている。

その指の間から涙の雫がポロポロ溢れる。

そんな彼女に夕陽はポケットから何かを取り出す。




「だから永瀬みなみさん、いつかその夢が叶った時、俺と結婚してください」




そしてみなみの首筋に冷たいものが触れた。

びっくりして瞼を開くと更に驚きのものが胸に輝いていた。


「これ……どうして夕陽さんが?」


それは無くしたと思っていた指抜きだった。

祖母から受け継いだ大切なもの。

今は自分と夕陽を繋いでくれた宝物だ。


その指抜きは、以前と同じ優しいフォルムで輝きを放っていた。


「悪い。これ、何の因果か俺が持ってた。…でもあの事件の時にかなり変形してて、ちゃんと直した形で返そうと思ってたんだ」


あれからネットを駆使して何とか修復を頼める職人を探し当て、指抜きは以前の形を取り戻した。


みなみは照れたように夕陽を見上げる。


「ねぇ、この指抜きを贈る意味、覚えている?」


夕陽はみなみを抱き寄せ、耳打ちする。


「勿論だ。幸せな結婚生活のお守り…だろう?」


どちらからともなく唇が重なる。


そんな二人の頭上に星が瞬いた。


「あ、一等星……」


「お前は俺の見つけた一等星だよ」


みなみは首を振る。

そして瞳に涙を浮かべ囁いた。




「ううん、違うよ。あなたが見つけたんじゃない。私があなたを見つけたんだよ」




夜空に大輪の花火が爆ぜる。

その光に負けない二人の一等星はいつまでも輝き続けていた。


























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