第29話

「あなたが女の子だったら……ねぇ。ぐふふ…へへへ…あはははっ…あでっ!」


込み上げる喜びに笹島はベッドの上を転がり、壁に頭を打ち付け悶絶する。

思い出すのは先程襲われ、あわや落命の危機に追いやられた野崎詩織のクールな笑顔。


「おい、耕平、うるさいぞ。静かにしやがれ」


すぐに隣室から怒号と共に壁に衝撃が響く。

隣は兄の部屋なので、兄の在宅中は少しでも騒ぐとこうして壁を蹴られる。


「…っと、今日は兄貴が帰ってんのか。面倒いな」


笹島は息を潜め、枕を抱きしめた。

彼は現在実家暮らし。

四つ歳の離れた兄は和菓子職人として働いている。

店は三軒茶屋にあるので、普段はアパートを借りているのだが、時々こうして母親のご飯を目当てに帰ってくる。


どうやら今日はその日だったようだ。

その上職場で何かあったのか機嫌も相当悪い。

しかし今日はその鬱陶しさも吹き飛ばすような事があった。


「詩織ちゃんかぁ。どうやって仲良くなったらいいかな。女の子がいいって、やっぱり女装か…母さんの服は……いやいや。それはなぁ」


詩織はどうして「女の子」なら良かったと言っていたのだろう。


「うーん。わからん」


笹島はスマホのカメラを内側モードにして自分の顔をじっと見つめる。

タレ目の髭面がにやけている。

どう見ても自分に女装が似合うようには見えない。

試しに自分の写真を性別反転アプリに取り込んでみた。


「女性化アプリ使っても、これはナシだなぁ。俺なら絶対ときめかない」


丸顔のぽっちゃり女子と化した写真から目を逸らし、笹島は枕に顔を押し付けた。


「はぁ…もしかして変わった趣味の女の子なのかもなぁ。そろそろイケメンしか勝たん世の中も終わりが見えてきたのやも♡」


どこまでも幸せな男だ。



         ☆☆☆


夜になった。

遊園地のナイトパレードが始まり、園内は昼とは違った歓声に包まれる。

色とりどりのライトに照らされ、キャストたちがゴンドラに乗って登場する。


夕陽とみなみはそれを少し離れた場所から眺めていた。


「綺麗だね〜」


「それ、さっきも言ってたな」


「言うよ。何度でも。ずっと忘れたくないから。私はこの先もずっとこの瞬間だけを忘れない」


「みなみ……」


みなみは静かに夕陽を振り返る。

その後ろで大きな花火が爆ぜる。


「夕陽さん、あのね……私…」


彼女の声が震えているように聞こえたのは気のせいだろうか。


やがてみなみは何かを決断したように顔を上げた。


「夕陽さ……」


「知ってるよ。みなみ」


「え?」


突然言葉を遮られ、みなみは顔を強張らせる。


「みなみ。俺は知ってるんだ。今日、みなみが俺に別れを告げようとしている事を」


「ど……どうしてそれを?」


夕陽はゆっくり首を振る。


物語は最大の局面を迎えようとしていた。












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