第26話
「はいはーい、夕陽さん笑って〜♡」
キャラクターのアトラクションの前に立たされた夕陽は仏頂面に棒立ちでピースサインをしている。
その頭にはキャラクターを模した大きな動物の耳を模したカチューシャが光る。
恐ろしいくらい似合っていない。完全に周囲から浮いていた。
色素の薄い瞳は明らかに不快げに歪められ、唇からは恨言のような呪文めいた言葉が漏れ出ている。
「もぅ、夕陽さん。そんな顔してちゃダメじゃん。もっと弾ける青春を感じちゃって!」
「あ、俺の青春はかなり前に弾けたからお構いなく」
そう言って夕陽は片手を上げてそのまま退場を試みた。
「ちょっとどこ行くのかな?大体ここを選んだの夕陽さんだよね?よね?」
「ぐっ……」
恋人の目深に被ったニット帽から覗く瞳は拗ねたような色が滲んでいる。
そう言われて夕陽は言葉に詰まった。
夕陽が二人きりの旅行先に選んだのは日本で最もメジャーな遊園地だ。
その証とでもいうように、平日でも朝から物凄い人の波である。
入った瞬間からカラフルなアトラクションが広がり、どこからか甘い香りも漂う。
この匂いを感じると、みなみはテンションが上がると言ってはしゃいだ。
だが、逆に夕陽の方は人混みや甘みの強い食べ物やその匂い、激しい乗り物が苦手で全くこの手の娯楽施設には向いていなかった。
「ねぇ、本当に夕陽さん何でここにしたの?」
「……じ…女子が一番上がるデートスポットだから?」
「……わ〜。逆に下がる〜」
「お前さっきどの口でテンション上がるって言った?」
「この唇♡」
そう言ってみなみは楽しそうに飛び跳ねる。
飛ぶとニット帽から出た淡い黄金色の長い髪がリボンのように波打つ。
「うるさいな。ほら、今日は一日お前に付き合うから。行きたい場所はどこなんだ?」
みなみは笑顔で夕陽の腕に自分の腕を絡めてきた。
「ん〜、取り敢えず遠慮して…こっからここまで全部♡」
「ぐっ。オーバーキル……全力で満身創痍の相手を嬲るつもりかよ」
「ふふふっ。今日は全力で楽しもうね。夕陽さん」
今日はいつものジャージではなく、白いロング丈のパーカーに空色のレースを幾重にも重ねたショートパンツという幾分おシャレをしているようだが、やはり誰もトロピカルエースの永瀬みなみだと気付かない。
このような場所に芸能活動を休止しているアイドルが遊びに来ているとは思わないだろう。
とにかく今日はみなみを楽しませたい。
夕陽は何とか気力を振り絞ってその腕を引いた。
☆☆☆
一方、こちらは東京に残った笹島の方。
笹島には今回ある使命のようなものがあった。
「もうそろそろなんだと思うんだけどなぁ…っくしっ!」
場所は夕陽やみなみの住むマンションの真下。
11月の肌を刺すような風がジャケットの合わせ目から入り込み、徐々に体温を奪っていく。
笹島の予想通りならそろそろ現れるはずである。
鼻を啜りながらじっとその時を待つ事30分。その待ち人はついにやって来た。
白いワンピースに白いファーコートを纏った細身のシルエット。
野崎詩織だ。
詩織は笹島になど見向きもせず、真っ直ぐにいつもの定位置、つまりみなみの部屋の真下辺りを目指す。
「って、完全スルーですかいっ!」
慌てて笹島はすぐに動き出す。
「待って、キミ、野崎詩織ちゃんだよね?」
「………」
思い切って声をかけてみたが、詩織はまるで反応がない。
ガラス玉のような瞳は笹島を映す事なく、ただうつろに見開かれている。
視線の先は遥か虚空にあるのだろうか。
「おいおいおい…これは相当ヤバいぞ。夕陽…」
笹島も覚悟を決めたように詩織に向けて手を伸ばした。
すると今までうつろだった詩織の瞳に初めて光が宿る。
危機を感じるより先に、光は一瞬で笹島の眉間の辺りで爆ぜた。
「ぐわっ!」
笹島はわけもわからず後ろへ倒れた。
倒れ様、笹島は彼女の手元を見て戦慄した。
「う…そだろ?」
詩織の手にはナイフが握られていた。
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