第22話

異変に気付いたのは最近だった。

最初は帰宅してマンションのエントランスに入ろうとした時だった。


暗闇にぼんやりと浮かぶ細身のシルエット。

踝まで丈のある白いワンピースに身を包んだ若い女性だった。

年齢は二十歳前後だろうか。


その姿を初めて見た時、本当に幽霊じゃないかと思った。

女性は夕陽が近付いても反応する事もなく、ただマンションの上階を見上げている。


その横顔を見た瞬間、夕陽はゾッとした。

彼女は笑っていた。

肩までの黒い髪に一筋、赤いメッシュが入っていて、それが笑うたびに揺れている。


その時、夕陽は気付いた。

彼女が見ているのは永瀬みなみの部屋だと。


彼女は一体何者だろうか。

少なくともあの視線には友好的な色は感じられなかった。


それから彼女を時折見かけるようになった。

何か嫌な予感がする。

夕陽は言い知れない不安を覚えていた。


         ☆☆☆


「えっ、泊まりで遊びに行くの?憧れのお泊り愛!」


相変わらず夕陽の部屋に入り浸っているみなみはその提案に顔を輝かせる。


月は変わって11月。

街路樹はすっかり葉が落ち、風は肌を刺すように冷たい。


みなみの休業は来月までなのでリハビリも兼ねて今月からレッスンも再開された。

そのせいか少しずつ復帰への意欲高まっているようだ。


「何か違わないか?まぁ、一泊するだけだけどな。何とかなりそうか?」


「うん。大丈夫だよ〜。そっかぁ。遂に二人は結ばれるんだ〜。じゃあ次で最終回だね。夕陽さん」


みなみはスマホを取り出す。


「おい、ちょっと待て。まさかとは思うけどSNSにあげるんじゃないだろうな?」


返答によってはスマホを取り上げる体勢の夕陽。


「え?違うよ〜。いくらなんでもそんな常識知らずじゃないから。私」


「常識知らずの世間知らずに説得力はない」


「何それー。違うから。ちょっと笹島さんに自慢しようとしただけだもん」


「は、何だソレ。まさか笹島と連絡交換したの?」


恐れていた事実を聞いてみた。

するとみなみは得意そうな顔でスマホを掲げる。


「いえ〜ぃ。マブダチになっちゃいました。今では彼ピッピより多く連絡し合ってるかな」


「なっ……」


夕陽は絶句した。

そういえば最近笹島は頻繁にスマホばかりみていた。

天文学的な確率で彼女でも出来たのかと思ったが、こういうからくりだったとは。


「何故だ。何故あいつなんかと……」


「勿論浮気なんかじゃないから安心して。夕陽さんの顔以上に興味ある顔なんてないから。だって、他に相談出来る人いなかったから…」


「しおらしく言っておいてさりげなく俺の人格全否定するなっ!つかどんな事相談してたんだよ」


「えー、夕陽さんの好きな食べ物とか」


みなみは何故か恥ずかしそうに空のカップの縁を指でなぞる。


「そんな事、本人に聞けばいいだろうが」


「まだあるよ。お洗濯してあげる時、夕陽さんパンツどこかに隠しちゃって洗えないじゃん。探しても見つからないし。もしかしてノーパン教の信者なのかなって…相談してた」


「☆¥◯∞◆ーっ!」



後で笹島には釘を刺しておかないとならない。

最重要案件だと夕陽は思った。


        ☆☆☆


「ふぅ…。それからまぁ、今回は泊まりだけど別に期待するような事はないからな」


「えー、じゃあお泊り愛は?」


「無しだ無しっ!」


不満たらたらなみなみはビーズクッションをギュッと抱きしめてこちらを恨めしそうに見上げる。


「アイドルが相手なのに?夕陽さんもしかして¥♪#……」


「断じて違うっ!」




夕陽は飲み終わったカップを持ってキッチンへ戻る。

本当にみなみの相手をするのは疲れる。


この旅行の本当の目的は少しでもみなみをあの女から離す事。

彼女の目的を知る事にあるのだ。

















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