第20話

「じゃあ、マジで二人は付き合ってるって事?あの夏のトロエーのライブの時、夕陽が拾った指輪みたいなのがきっかけで?」


しばらくして、ようやく正気を取り戻した笹島に夕陽は全てを打ち明けた。

躊躇いがなかったわけではないが、元々彼にだけは報告するつもりだった。


全てを聞き終わった笹島は大きく息を吐き出し、夕陽とその横で緊張気味に座るみなみを交互に見る。


「………まぁ、そういう事になるかな」



まるで親に彼女を紹介しているかのような浮き足立った気恥ずかしさを覚えつつ夕陽はみなみの方を見た。


「あの…正しくは指輪みたいなじゃなくて指抜きです。でも今は無くしてしまって、もう持ってないんですけど」


「みなみ…?」


それを聞いて夕陽は寝室の方に視線をやる。

あの指抜きをみなみは無くしてしまったと思っているようだが、実は先月の事件後、何の因果か指抜きは夕陽の手元にある。


しかし彼女の大切だという指抜きはあの事件の衝撃でひしゃげ、無惨にも変形してしまっていたのだ。

夕陽は何とかそれを修復した形で彼女に返してあげたかったのだが、あの指抜きは海外の職人の手作りで、中々直せる職人が見つからないのだ。


本当ならこの場ですぐに返してやりたかったが、夕陽はそれを飲み込んだ。

あの指抜きは今も夕陽の寝室の横にあるキャビネットの中にある。



「ふーん。そっか。そっかぁ。じゃああの時、夕陽が言っていた真夏に防寒用のニット帽、瓶底メガネ、マスク姿の変な女の子ってみなみんの事だったのかぁ……いやぁ、マジでないよ。そんなリアル。ねーわ。どこの世界線だよここ」


「あの時は俺だって誰なのか知らなかったよ。まさかライブの主役があんなところにいるわけないし」


「アハハ。あの後抜け出した事がバレちゃってかなりお説教されちゃったんだよね」


みなみはバツが悪そうに視線を外す。


「ふぅ…大体事情はわかったよ。いやぁ、でもさ、マジでマジなモノホンのアイドルとこうしてサシで話す事なんて一生ないくらいのミラクルだよなぁ。今でも信じられねぇ」


「おい、言っておくが……」


すると笹島はそれを片手で制した。


「言わねぇよ。つか誰も信じねぇし。勿論SNSにも上げない。だから俺は応援するよ。二人の事。それからトロエーも」


「笹島…」


するとその感動的な場面にみなみがまた水を差す。


「推し変しない?」


「あ……」


そこで先程のメテオ級の衝撃発言砲を思い出し、笹島の笑顔が固まった。

だが軟弱な笹島の精神は先程のダメージを受けて成長し、タフになった。


「しないよ。俺の生涯の推しは乙女乃怜、ただ一人に捧げたんだ。例え怜ちんがチッパイであろうとも俺は推し愛を貫く!」


パチパチパチパチ…。


二人による拍手が虚しく響く。


「勝手に生涯捧げるのはいいですけど、早乙女さんカレシいますよ…確か2.5次元俳優の…」


「わーわーわーわー!聞こえない!俺の耳は聞こえない!」


「みなみっ!頼むからもうこれ以上イタイケなDTを虐めないでくれっ。それはあまりにも酷いっ」


タフになったはずの精神だったが、世の中にはもっと強敵がいた。


「ぐすん……オラ、ワクワクすっぞ」


「頑張れ、笹島。あっ、そうだそんなお前にサプライズプレゼントがあるんだった。ちょっと待ってろよ」


「ん?夕陽…」


夕陽は何を思い出したのか隣の寝室へ引っ込み、何か持ってきた。

それを見た笹島の顔にようやく明るさが戻る。


「夕陽、これ…」


それはコンビニのトロエーくじの景品、乙女乃怜のタンブラーとポートレートだった。


「昨日コンビニ寄った時、クジやってて引いたら偶然お前の好きなやつ二枚抜きしたんだ。だからお前にやろうと思って…」


「うわぁぁぁぁん、ゆーひぃぃ」


言い終わらない内に笹島の涙腺は崩壊し、縋り付くように抱きついた。


「おいおい。やめろって…」


「あらら。恋愛フラグ回収コンプ。夕陽さんハーレムルート?」


「みなみ、てめぇ……」


タコの吸盤のように離れない笹島を何とか引き剥がし、夕陽はどっと疲れを感じるのであった。


        ☆☆☆


「じゃあ、夕陽さんが公園で早乙女さんのオッパイを舐めるように見てたっていうのは誤解だったの?」


「ヲイ、何か変態寄りに盛ってないか?」


笹島はタンブラーとポートレートを幸せそうに抱きしめている。


「いやぁ、ちょっと最近の夕陽が気になって思わず尾行してたんだヨネ?…で、コンビニ寄った後、公園であまたまアレ見ちゃって、これはもう夕陽のヤツ、絶対怜ちんに推し変したんだって思って……現在に至ります。ハイ」


「さりげなく怖い事ぶっ込んできたよ。コイツ」


「夕陽さん、ストーカーに気を付けて!」


夕陽は頭を抱えた。


「あれは公園で本当にお前の推しだったか確認する為に見てただけだ。店頭でチラ見しただけだったからよくわからなかったんだ。決してニヤニヤなんぞしてない」


「ううっ。それを俺は…すまない。夕陽」


夕陽は笹島の肩に手を置いた。


「もう気にするなよ。それから俺がコンビニで買う菓子なんだけど、ほとんどお前の腹の肉になってるからな?誤解のないよう言っておく」


「ぐはっ…二人とも容赦ねぇ」


笹島はヨロヨロとみなみの方を向く。

みなみは首を傾げた。


「あのさみなみん、こいつのどこ好きになったの?」


するとみなみは考える事なく笑顔できっぱり即答した。


「勿論、顔だよ☆」


「……まじか」


みなみは嬉しそうに夕陽の鼻の先を人差し指で突いてきた。


「だって夕陽さんてば、最初見た時、顔面レベル高っ、顔面超神って拝みたくなったもん」


笹島は夕陽の肩を叩いた。


「お互いボロボロだな」


「お前と一緒にされたくない…」


二人は項垂れた。











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