第18話「笹島耕平side*生涯を推し事に捧げた伝説の奇人*」

最近友達の様子がおかしい。

時々何か隠しているように、どこか余所余所しい。


昔は何でも話してくれたし、互いに隠し事はなかった。

俺はそんなヤツを、生涯の友だと思っていたし、ヤツもそうだと思っていた。


いや、俺だってもうお互い、いい歳の大人になったし、そんな蜜月な状態がいつまでも続くとは思ってない。


だけど急に変わってしまった友達の様子が妙に気になるのだ。


「まず第一に考えられる事は「女」だよな」


この半年間で、ヤツに誰か気になる女がいる事は調べがついていた。

それは同期の佐久間と三輪からも証言を得ている。

ヤツは射止めたい女の為に映えるお洒落なご飯を二人に相談していたらしい。


しかし夕陽よ、三輪はともかく佐久間に相談したのは人選ミスだな。

何故ならあいつは俺と同じ異世界の人間だからだ。


当然直に夕陽に聞いてもはぐらかされる。

なので俺はヤツに悪いと思いながらもヤツを尾行する事にした。

すまん。親友よ。


        ☆☆☆


定時に退社した夕陽を俺は少し離れた位置から尾行する。

夕暮れの街並みを憎らしいくらい長い脚で闊歩する夕陽。


悔しいくらい絵になっている。

くそっ、イケメンめ。滅べっ。

そのシュッとした背中に向けて俺は呪いの言葉を吐く。

いや、これでも親友ですから。


コンパスの差で何度も離されそうになりながら追いかける俺。


そういえば先月辺りから夕陽はどこか元気がなかった。

口数も減ったし、体重もかなり減ったはずだ。

もしかして女ではなく、何か重大な病気かもしれない。


そんな事を考えながら尾行を続けていると、夕陽はいつものコンビニに入った。


俺もすぐにさりげなく入店に成功する。

夕陽はカゴにミネラルウォーターやビール、菓子類をポンポン入れていく。

そういえばあいつ、あんなにビールも菓子も食ってるのに何故腹が出ないんだろう。


俺は自分の胃の辺りから張り出している脂肪の固まりを摘んだ。

昔から手足はガリガリなのに胴体は膨よかな餓鬼スタイルなのが俺のコンプレックスなのだ。


「明日からダイエットするぞ…」


誰だ今、死亡フラグって思ったヤツ。

「脂肪」と「死亡」だからって、ちっとも上手くないからな。


やがて夕陽は会計にレジへ進んでいった。

すると店員は下から大きな箱を夕陽に差し出す。


「なんだっけ、アレ。今何かコンビニであったっ……っつてあーっ」


思い出した途端、大きな声が出そうになって俺は慌てて口を閉じた。


そうだった。

今日からトロエーくじ第二弾が始まるんだった。

迂闊だった…。

夕陽に夢中になりすぎて、こんな大事な推し事を忘れるなんて。


しかしここで馬脚を現す事は出来ない。

ぐっと推しへの愛を堪えて俺は夕陽の観察を続ける。


夕陽は箱の中に手を入れ、躊躇う事なく二枚引いた。

こういう時、ヤツの潔さには感服する。

俺はずっと箱の上から下までぐるぐる入念にかき混ぜて引く。

店員にも後ろの客にも迷惑な行為だが、後悔したくないので仕方ない。


また自分の思考に浸ってしまった。

再び見ると、夕陽は何か当選したらしく、細長い箱と板のようなものを貰っていた。


あれはトロエーグッズだろう。


店を出て、再び歩き出した夕陽を俺はまた追いかける。

誰のグッズか非常に気になる。

最早当初の目的などどうでもいいくらいに。


すると夕陽は次の角を曲がった先にある公園に入って行った。


慌てて俺も公園に入り、影からそっと様子を伺った。

何と夕陽は人気のない公園で先程貰ったグッズを開封し始めた。


「おぉっ…神よ」


当たったグッズはどうやらタンブラーとポートレートだったようで、夕陽はそれらをじっと見つめていた。

まるで恋焦がれるように。


俺はそっとヤツの背後に忍び込み、グッズを確認する。

すると目に入ってきたのは…。


「れ…怜ちん?」


見間違えるはずもない、あの巨大なおっぱいを。

怜ちん以外にあんなイイおっぱいをしたメンバーは他にいない!


怜ちんこと乙女乃怜は俺の人生と夢をかけた最推しである。


それを夕陽はニヤニヤしながら眺めていた。

そこで全てのピースはハマった。


「そうか…夕陽のヤツ、怜ちん推しだったんだな。だけど推し被りなのを俺にバレたくなくて……バカなヤツめ」


俺はそんな心の狭い男じゃない。

あいつは繊細だからきっと苦しんでいたんだろうな。

だからあんなに元気がなくて、激痩せしたんだろう。


「よし。明日早速その誤解を解きに行かねば」


月曜日からはまた出張期間に入ってしまう。

行くなら明日だろう。

俺は怜ちんの巨乳をニヤニヤ拝んでいる夕陽を残し、そっと公園を出た。


「あいつもオッパイ星人だったとはな。長い付き合いでも見抜けなかったぜ」


        ☆☆☆


翌日。

早朝。

俺は夕陽のマンションのエントランスに立ち、インターホンを押した。


「夕陽ー?ちょっと話あるんだけどいいか」


奥からいやに焦ったような物音がしたような気がした。







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