第17話

「お付き合いって、いや……まずその前に何かあるだろうが。冷静になれって」


何故かソファに正座し、夕陽は混乱する頭を何とか回転させるべく言葉を探した。

だが。当のみなみは耳の穴に小指を突っ込んでニヤニヤしている。


「その前に?あー、だからキスは先に済ませたじゃん。それでいいじゃん」



……軽い。

地元のヤンキーでもこういう場面ではもうちょっとちゃんとしてるのではないか。



夕陽は頭を抱える。


「いや、そうじゃなくて……。その…そのだな…付き合う前にお前は俺の事…そのぅ」


「夕陽さん、ちょっと面倒な処女みたいで草生えるんだけど」


「生やすなっ!つかアイドルが処女言うな」


「あー、またアイドルに対する偏見だー。じゃあだったらどう言えば夕陽さんは納得なの?」


「……そうだな、未通…………コホン。今のは忘れてくれ」


「うわっ、墓穴」


「じゃなくて、そうじゃないだろ。その前にお前、俺の事どう思ってんのって話」


やっとの思いで話を軌道修正したのだが、みなみは何故かガッカリしたような顔をする。


「え、今更そこ気になるの?別に普通に好きだけど?じゃなかったらこうして来ないでしょ」


「……デスヨネ〜」


夕陽は更に頭を悩ませる。

彼女の言う普通に「好き」というのがよくわからない。


「なぁ、それは男女間の愛情的な「好き」なのか、近所のお兄ちゃん的な「好き」なのか、それとも父親的な「好き」なのか、同じ人類として親近感を覚えての「好き」なのか、はっきりしてくれ」


するとみなみはますます面倒そうに顔を顰める。


「もう面倒だなー。夕陽さんが乙女ゲーの攻略対象だったら絶対シナリオスキップしちゃうよ」


「は?何だよその乙女ゲイって…」


「さっむ!夕陽さん、寒っ」


みなみは両腕を抱えて逃げ回る。

どうやら本当に本気でみなみは夕陽とお付き合いする事にしたようだ。


こうして二人は恋人となった。


        ☆☆☆


「あれから5年の月日が流れた。スーパーアイドル永瀬みなみを妻に迎えた夕陽は、今では三人の可愛い子供たちを得た事で、すっかり生活が弛み、三段腹を持て余すスーパーオヤジへとクラスチェンジし…」


「するか!つか勝手に5年もスキップするなよ」


本当は翌日。

昨日再会したみなみは、夕陽の部屋に泊まっていくと駄々を捏ねだしたので、強制的に自分の部屋へ送り出したのだが、朝になると当然のようにピンポン連打で夕陽を起こし、ソファに居座った。


「寝起きの顔も可愛いね〜。夕陽さん」


「………頼むから帰ってくれ」


もう昨日の再会の感動は消えていた。

一応二人の関係は恋人という名称に進化したが、今はただの迷惑な小娘でしかない。


夕陽は欠伸をしながらフラフラとバスルームへ向かう。


「どこ行くの?夕陽さん」


「シャワるの」


「あ、じゃあお背中……」


みなみは腕まくりをして立ち上がる。


「やめてください、気持ち悪いです(棒読み)」


「うわぁ、それどっかで聞いた台詞!」


ダメージを喰らい悶絶するみなみを放置してバスルームへ向かった。


そして温めのシャワーを浴びながら、夕陽はこれからの事を考える。


芸能人と付き合うマニュアルなんてあるのだろうか。

今は活動を休止しているからといっても、彼女が芸能人だという事実は変わらない。

それをどう隠して生活していけばいいのかさっぱりわからない。


これまでに芸能人と交際している一般人はどうお付き合いをしてきたのだろうか。


「その前に笹島にはどう説明しよう……」


そこで思い出したのは友人の笹島の存在だ。

そろそろ彼にも何か説明しなくてはならない。


「だけどなぁ…」


考えると憂鬱が募る。

その時だった。


「夕陽さーん、お客さんだよ。チリチリ頭のラガーマンみたいな人ー」


バスルームへ向けてみなみが声をかけてきた。


「え、チリチリなラガーマンって……笹島ぁぁぁぁ?」


前回のピンチ記録を更に塗り替えるピンチがやって来た。


どうする?夕陽。

その前に服を着よう。


















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