第14話

アイドルグループのメンバー、白昼の路上で刺される。


犯人は38歳、無職の男。


違法薬物過剰摂取の疑い。

半年前に職場である介護施設で暴力事件を起こした後、退職し現在は精神科で治療中だった。

メンバーのファンで、よくファンサイトにも過激な書き込みをしていた。


そんなニュースを見ながら、夕陽はぼんやりと窓を眺めていた。

太陽がゆっくりと沈んでいく。

本来ならば、彼女がここへ来てゆっくりとした時間を楽しみ、平穏無事に過ぎ去っていく。

そんなはずだった。


スマホを見ても、彼女からの連絡はない。

一体彼女は今、どういう状態にあるのだろう。


今の自分には何も知る事は出来ない。


ボロボロの身体と心を抱え、夕陽はそれでも明日は普通に出社しなくてはならない。

完全に太陽が沈んだ空を見て、夕陽は膝を抱えた。


        ☆☆☆


翌日。

一睡も出来ずフラフラで出社し、業務をこなしていると、スマホに見慣れない番号の着信があった。


基本、その手の電話には応じないようにしているのだが、まともな精神状態ではなかったのかつい出てしまった。


「もしもし?」


「あっ、もしもし。私、トロピカルエース所属の永瀬みなみのマネジメントをしている内藤と申します。そちら「夕陽さん」でよろしかったでしょうか?」


「はっ……はい。本人です。あのすみません。今、会社なのですのですぐに場所変えます」


見慣れない番号はみなみのマネージャーだった。

夕陽は上司に早退を願い出ると、すぐに会社を出た。


         ☆☆☆


内藤に指定された店は大手コーヒーのチェーン店で新宿にあった。

彼女の所属事務所が近くにあるからなのだろうか。


9月と言えどまだ残暑が厳しい。

店内に入ると生き返るような涼しさを感じた。

そこにこちらを見て立ち上がり、手を振るスーツ姿の男性がいた。

彼が内藤だろう。

年齢は30代前半くらいだろう。

足早に近付くと、内藤はしげしげと夕陽の全身を見る。


「あの…何か?」


「あ、すみません。初対面なのに。キミが夕陽さんでいいんだよね?」


「えぇ。真鍋夕陽です」


夕陽は軽く頭を下げた。


「いやぁ、どんな人が来るのかなぁって思ってたら、まさかこんなカッコいい子が来たからびっくりして。背も高いねぇ、何センチあるの?年齢は?」


「はぁ、178…かな。年は23です」


「そう。一般の会社員みたいだけど、どこかの事務所に所属してたりは…」


「いいえ。ないです。それよりご用件は」


すると内藤は両手を重ねて申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「ごめんねー。どうも職業柄、光ってる素材見ると色々掘り下げたくなって」


「いえ…構いません」


「そっか良かった。…で、昨日のニュースなんだけど当然何があったのかキミは知ってるよね?」


「はい、あの彼女は今どうなってるんですか?」


すると内藤は微笑んだ。


「うん。命には別条ないって。今は落ち着いて眠ってるよ。昨日はそれでもかなりヤバくて、血圧が限界まで下がってね…お医者さんも、何度も覚悟してくれって言うからホント寝られなかったよ」


「そうだったんですか……それはお疲れさまです」


昨日、本当に彼女は頑張ったんだな。

そう思うと夕陽は胸が痛くなった。


「そういうキミも寝てないでしょ」


「………まぁ。はい」


夕陽は顔を赤くした。


「そうそう。それでね。みなみ、朝方一度意識戻ってね、スマホの連絡先突きつけて「夕陽さん」にこれを届けてくれって頼んできたんだ」


「俺に?」


そう言って内藤は自分の隣に置いていた紙袋を取り出す。

それを見た瞬間、夕陽の顔が強張った。

その紙袋は事件の痛ましさをありありと伝えるように彼女の血がこびりついていた。


「あっ、ごめんね。デリカシーなくて。何かに包んでくればよかったね」


内藤は申し訳なさそうに、それを引っ込めようとする。

夕陽はそれを制した。


「いえ、構いません。ください。でも、これは何なんですか?」


「うーん、それはボクにもわからないかな。何せ事件当時にあの子がずっと大事に手放さなかったものだからね。今朝警察に無理言って返却してもらったんだ」


一体彼女は何を夕陽に渡したかったのだろうか。

夕陽はすぐに紙袋を開いた。



「あ…………」



それは何て事のない、ただの手作りらしきクッキーだった。

動物や星形、ハート型に型抜きされ、可愛らしくアイシングが施されている。

クッキーは彼女が守っていたのか、一つも割れていない綺麗なものだった。


「……………」


不覚にも夕陽の目に涙が滲む。


「滅多にプライベートではお洒落しないのに綺麗に着飾って、気合の入った手作りクッキー持って、誰に会いに行くのかと思ってたら、こんな王子様だったとはね」


「あっ、いえ、別にあいつとは……」


すると内藤は笑った。


「いいよ。今はオフレコって事で。それにアイドルだからってうちは恋愛禁止してないから。そりゃ大っぴらは困るけどね」


「えっ、そうなんですか?でも…」


「いやいや。ホント。そんなガチなアイドルにしたかったら、滝行や農作業、スズメバチの駆除なんてさせないでしょ」


「はははは…」


確かにトロピカルエースは仕事を選ばない。

様々な汚れ仕事も笑顔でこなす芸人寄りのアイドルだ。


「あの子はうちが担当するタレントの中でも特に不遇の環境の中で育ってきた。ボクたちは外側からあの子を守る。キミはあの子の内側から癒して優しくしてやってください」


「はい…」


内藤とはその場で別れた。

夕陽も立ち上がる。

すると紙袋にまだ何かある事に気付いた。


「これはあの時の指抜き……」


出てきたのはみなみが大切にしていた金の指抜きだった。

事件の直後、偶然紙袋に入ってしまったのだろうか、それは大きくひしゃげていた。


「指抜きは幸せな結婚の贈り物…か」


夕陽はそれを大事に握った。



















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