第13話
週の真ん中、水曜日。
ついに家にみなみが来る日が来た。
「テレビ周りOK、床OK、トイレ掃除、大丈夫だな」
部屋を入念にチェックし、夕陽は時刻を確認する。
そろそろ駅まで行って彼女を迎えに行かなくてはならない時間だ。
あれから様々な検討を重ね、作るものは鮭とコーンのクリームパスタとサラダ、それに軽く摘めるカナッペに決定した。
パスタは笹島が簡単なレシピの動画を見つけてくれて何とかなりそうだ。
女子はクリームパスタが好き…笹島はそう言っていたが、彼女いない歴=年齢なヤツの意見は果たして参考になるのだろうか。
「アイツ、あんなに無駄に知識があるクセに何で未だに彼女が出来ないんだろうな…」
人生とお金を好きなアイドルに捧げると言っていた彼の先行きは明るいのだろうか。
「さて、そろそろ出るか」
最後に自分の服装と髪型をチェックし、玄関へ向かうところでスマホが震えた。
「ん?もしかしてみなみか?」
何か待ち合わせに変更でもあったのかとスマホを見ると、電話は笹島からだった。
「んー、どうした?釣れてないのか」
今日の笹島は一人で釣り堀に行っているはずだ。
時間的に見てまだ成果はないのだろう。
大方退屈になって電話してきたに違いない。
そう思って気軽に応じたのだが、何だか笹島の様子がおかしい。
「おい、聞こえてるかー?笹島?」
するとようやく笹島がか細い声を出す。
今にも消え入りそうな声で。
「みなみんが渋谷の交差点で刺されたって…」
「え…、何だよそれ」
その言葉はナイフのような鋭さで心臓の深い部分に突き刺さり、一気に全身の血液が凍りつく。
「俺も何が何だかわからないよ。さっき釣り堀で魚待ちながらスマホのテレビ見てたらいきなり番組切り替わって、そしたら血塗れの道路が映ってて…」
夕陽はスマホを床に放り投げ、すぐにテレビを点けた。
どこの局も番組を変更して同じニュースばかり報道している。
「嘘だろ……みなみ」
指先は感覚を失ったように冷たい。
息が上手く吸えない。
今までどうやって息を吸ったり吐いたりしていたのかわからないくらいだ。
今日、みなみはここに来る予定だった。
つまりはここに呼ばなければこんな事にはならなかったのではないのか。
報道ではみなみは渋谷駅から出てきたところを後をつけてきた男性に後ろから刺されたらしい。
今すぐ駆けつけたいが、自分にはどうする事も出来ない。
自分はこうしてテレビの中にも映る、野次馬たちと立ち位置は何も変わらない。
それでも何とか連絡を試みようとスマホを拾いあげる。
先程の衝撃でスマホの画面は割れていた。
だがそれすら今は気にならない。
…「おいっ、夕陽?大丈夫か」
「あ…あぁ、まだ繋がってたのか」
どうやらまだ笹島は通話を切ってなかったようだ。
「まだ詳しい情報は何もわからないけど、でも搬送された時、意識はあったってさ」
「そうなのか?」
彼も彼なりの情報網で調べてくれているようだ。
「だからきっと大丈夫だって」
「あぁ、でも犯人は彼女がアイドルだとわかって刺したのか?」
「多分そうだって。人通りの多い交差点だったから目撃者が多くてさ、犯行前にそいつ、みなみんの名前叫んで刺したらしいぞ」
「……マジか」
再びテレビに目を向けると、ちょうど現行犯逮捕された犯人が顔を俯かせ、警察に連行されていく様子が中継されていた。
テロップには犯人は38歳の無職の男と出ていた。
「ふざけんなよ……」
「夕陽…」
思わず漏れ出た言葉に笹島の声が震えていた。
「でも、芸能人なんだから普通変装してないのか?」
そうだ、いつも会う時のみなみは芸能人オーラのカケラもない格好をしていたではないか。
それでも見破る奴はいたが、あれはかなり特殊なケースだ。
しかし笹島は重い口を開く。
「みなみん、絶対プライベートでは見破れない変装してるからって言ってたけど、今日はすげぇ綺麗な格好してたって。そのままテレビ出られるくらいに。そんな綺麗な格好見せたい相手と会う約束でもしてたのかな」
「……結局俺が…悪いのか」
「夕陽?」
その頬に一筋、熱い雫が伝った。
雫は床に落ち、じわじわと滲んでいく。
路上に広がった彼女の血潮のように。
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