第12話
「うわっ、こんなところに干からびた竹輪の残骸が挟まってた…マジか」
休日、家に人気アイドルがやって来る。
そんな予定を控える一般男性なんて果たしているのだろうか。
日曜日、笹島に言われたような類いの準備ではないが、せめて部屋は綺麗にしておきたい。
そう思い、夕陽は朝から年末の大掃除並みに部屋を磨き上げていた。
思えばここに住み始めたのは大学在学中からだったので約3年程前だ。
この部屋に初めて当時付き合っていた彼女が来た時はこんなに入念に掃除はしなかったし、緊張もしなかった。
まぁ、今回は彼女でもないが、相手はアイドルなのだから掃除も自然と気合は入るし緊張もする。
「しかし、こんな冷蔵庫の裏なんて見られる事、ないだろうな…」
額に浮かんだ汗を拭い、すっかり綺麗になったキッチンに達成感が湧く。
夕陽は自炊派なので、キッチンには結構生活感が出てしまうのを気にしていた。
壁にかけられた使い切る自信のない様々なスパイス類やキッチンタイマー、野菜の種類毎にあるピーラー類などがひしめいている。
「そういえば、飯とかどうしたらいいんだ?アイドルって何食うんだ?」
相手が笹島なら何も考えず適当に作るが、アイドル、それも若い女子となると検討もつかない。
すぐに夕陽はスマホを取り出し検索を試みた。
……家にアイドルが来た時に出す食事
「あるワケないだろ…そんなシチュ……」
夕陽は項垂れた。
☆☆☆
「えー、若い女の子を持てなす食事?何かな。マカロンとかクレープとかかな?」
翌日。
例によってガラガラの社食で同僚2人を捕まえて相談してみる。
今日の笹島は千葉の福祉ホールで開かれるイベントの打ち合わせで朝からいない。
向かいに座るのは同期入社の2人、佐久間と三輪だ。
老け顔で昭和堅気の角刈りに体育会系な佐久間は皆から「オッサン」と呼ばれている。
50代の社長にまで言われているのは同期として哀れみを感じた。
そんな佐久間は女性に縁遠い生活を送っているようで夕陽以上にピントが外れている。
「マカロンて…ただ知ってるオシャレそうな食べ物言っただけだろう」
夕陽は力なく笑った。
それを見てややチャラい印象の三輪は肩をすくめる。
「もしかして妹さん来るとか?確か大学、岡山だったよね」
「いや、妹じゃないんだ。そのちょっとした知り合いで……」
そう言うと2人は顔を見合わせた。
「ナルホドね〜。さすがは同期期待の色男。頑張れよ」
「だから違うって。ただの知り合いだよ」
やはり家族以外の異性を自分の家に呼ぶという事はそういう意味に取られてしまうのだろうか。
ちなみに夕陽の妹、美空(ミク)は夕陽の2つ下の21歳。現在は東京を離れ、岡山の大学で言語学を学んでいる。
毎年帰って来るのは年末年始と夏休みだけだ。
その時はいつも家族で旅行へ行ったり楽しく過ごしている。
家族関係は良好で、特に夕陽は美空を可愛がっていた。
それを知っていた三輪だからそう言ったのだろう。
「だったらピザでもデリバリーしたらどうだい?」
「オッサンはすぐそれだ。ボクなら得意な手料理で攻めるね。真鍋、料理得意だし」
三輪はスマホで「男の勝負飯〜女を落とす至高のレシピ」というサイトを見せる。
「いやいや落とすとかじゃなくて、ただもてなしたいだけで……」
どうやってもそういう意味に取られてしまうらしい。
「でも例えそういうんじゃなくても、相手が大切なお客さまなら、心のこもった手料理を食べてもらうってのはポイント高いよ」
「三輪…」
「ちなみに真鍋の得意料理は?」
聞かれて夕陽は今までに作ったものを思い出す。
「カレーとかカツ丼とか牛丼とか…焼飯かな」
「……うわー、何そのガッツリ系漢飯。アイドル系の顔に似合わず結構ガッツリでビビるわ〜」
「アイドル言うな。でもなぁ…そんな洒落たモノ作れる自信ないぞ」
夕陽はウンウン唸る。
「あ、チョコミントはどうだ?」
……「オッサンはちょっと黙ってろな」
二人同時だった。
アイドルのおもてなしは難航しそうである。
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