第10話

冷蔵庫の中の物を適当にフライパンへぶち込んだ特製野菜炒めをローテブルに置くと、待ってましたとばかりに早速箸が伸ばされる。


「うっま!やっぱ大将の野菜炒めは最高だな。路地裏で店持てるよ」


「路地裏限定かよ…」


週末。土曜日。

笹島が撮り溜めたトロピカルエースのDVDを持ってきたので、夕陽の部屋で飲みながら観る事にしたのだ。


「ほら。ビール」


「サンクス。おっ、期間限定のじゃん。それも一度試してみたかったヤツだ」


「おぅ、さっきコンビニ寄った時、お前が飲みたいって言ってた事思い出して買っといた」


「さすがデキる妻だねぇ」


「……帰ってもらっていいか?」


「嘘嘘嘘つ、スミマセン。追い出さないでください」


ポリシーもプライドもない笹島は即、土下座をキメる。

そんな笹島に苦笑しながら夕陽も横に座り、自分もビールを煽る。

強烈な炭酸が喉を通過する。


「トロエーも最近ガンガン人気出てきたな。今じゃ毎日のようにテレビに出てるから録画が追いつかねぇよ」


テレビ画面に目を向けると、トロピカルエースのメンバー達がバラエティー番組で農業に必死にチャレンジしていた。


その中で収穫したカブを手に、顔中泥だらけで微笑む永瀬みなみに目がいく。


「そういえばあれからネットで色々見たけど、永瀬みなみのアンチっての?すごいのな」


「あぁ、人気が出れば出る程そういうのは出てくるよ。有名税みたいなものか?」


「そんな軽いものじゃなかったぞ。中には相当エグいのもあった」


夕陽は昨日の夜、何となくパソコンに永瀬みなみで検索をかけてみたのだが、普通に応援するものもあれば、信憑性のない事やプライベートを暴露し、誹謗するようなものが圧倒的に多かった。


ビールを飲み干し、笹島は眉根を寄せる。


「まぁ、みなみんは特にそういうの多いよ。反感買いやすいっていうか……。他のメンバーたちのように上手くあしらうのが下手なんだよね」


「そうなのか?」


「うん。まぁ、逆にそういうところが受けている感じもあるみたいだけど、俺は怜ちん推しだから、そこんところはよくわからん」


「…………」


夕陽は再びテレビの向こうのみなみを見る。

自分には関係のない世界の住人なんだという思いの裏に微かな胸の痛みを感じた。


        ☆☆☆


それから数日後。

再びみなみから連絡が来た。

内心、もう連絡は来ないのではと思っていたが、そうではなくどうやら本当に忙しかったらしい。


「こんばんは。会うのはこれで2回目だね。あ、最初のを入れたら3回目か。今日はよろしく。夕陽さん」


電話で何度も話しているだけあって、最初の時とは雲泥の差ともいえる態度だというのに夕陽の頬は引き攣った。


今日のみなみはボソボソのキャスケットに大正ロマン漂うおさげ髪、大きめな黒縁メガネにピンク色のマスク。

服装はボロボロのサロペット…敢えてダメージ加工しているものには見えない…にダボダボなパーカーを纏っていた。

ただシューズだけはハイブランドのものなのがまた滑稽に映る。


「……あのさぁ、あまり女子の格好にケチつけたりはしたくないんだが、そういうのが最近の若いヤツの趣味なのか?」


「えっ?変かな」


「………別にいいけど。まぁ逆に全く異性として意識しなくていい格好で助かった的な?」


「何よそれ。この格好だと誰も寄り付かないし、むしろ避けられるっていうか…だから楽なの」


そう言ってみなみは楽しそうに笑う。


「じゃあ、どこ行こうか。行き先は決まってるのか?」


「うん。水族館だよ」


「こんな夜にか?」


時刻は夜20時を回ったところだ。

みなみの話だと、深夜まで営業している水族館があるらしい。


「そんなとこにこんな冴えないサラリーマンと行っていいのか?つかバレないか?」


「夕陽さんは冴えなくなんてないよ〜。大丈夫。それにこんな姿の私を見て誰かなんてわからないよ」


「いやあっさりバレてただろ」


夜の帷が降り、人工的な光に照らされる電車はどこか幻想的に見える。


「このまま……」


「ん?何か言ったか」


電車の隣に座る夕陽を見て、みなみは緩く首を振る。


「何でもない」


「……そうデスカ」


        ☆☆☆


みなみの指定した水族館は荘厳な雰囲気のある独特な佇まいの建物だった。

入り口で入場料を払い、中へと進む。


「お金、私、払ったよ?」


自分の財布を手に、みなみは頬を膨らませる。


「いいって。これくらい」


まぁ、収入的には向こうの方が何倍も稼いでいるのは目に見えている。

だがここは男側の意地のようなものがある。

一度出した財布は引っ込めない。


「ふーん。ねぇ、夕陽さんの会社、「star line」って何してるとこなの?」


「え、何で社名知ってるんだよ。俺言ったか?」


夕陽はギョっとして彼女の方を見る。

みなみはニヤニヤ笑っていた。


「ヒント!指抜き返してもらった時に入ってた封筒」


「……それ、ヒントじゃなくて思い切りアンサーだろうが」


まさかそんなところまで見られていたとは思わなかった。


「まぁ、いいか。俺の会社はイベントの企画や運営をしたりしてる。予算内で使う物を期日までに発注したりな」


「ふーん。あまり実態のなさそうな会社だね」


「お前っ、社員のほとんどが感じている事をあっさり言うなっ!」


「あはははっ。楽しい〜っ」


みなみは笑いながら先を走っていく。キラキラと輝くイワシの群れのトンネルを潜り、全てが青に染まっていく。


たまにはこんな夜の過ごし方も悪くない。

夕陽は楽しげな彼女の後ろ姿を見てそう思った。




























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