第7話

「嘘だ」


「はい?」


思考回路ショート寸前な中で出た言葉に自称永瀬みなみはこれでもかというくらい怪訝そうに眉を寄せた。

だが夕陽も負けてはいられない。


「だから俺を騙そうとしているって事だよ。さっきの流れからしてそうだろ。永瀬みなみに間違われた流れで、俺が名前を聞いたからそれをオチに使った。そういう事だろ」


………。


「それ、どういう事よ」


自称永瀬みなみは愛らしく微笑んだ。

どうやら自分の予想は合ってたという事だろう。

思わずこちらも笑ってしまう。

自称永瀬みなみが凍り付いた笑顔のまま拳を大きく振りかぶった。


結果、殴られた。


「ってー!何故に殴る必要がある」


「あなたがバカな事ばかり言うからでしょ。最初からバカだと思ったけど、本当にバカだったのね」


横腹を抑え悶絶する夕陽。

それを時々道ゆく人々がチラ見していくのを見て、彼女は慌ててメガネとマスクを装着し直す。


「と……とにかくっ、私は本物よ。あー、もうあんたが変な事言うから余計嘘臭くなったじゃん」


「だから嘘じゃ……」


「何度も言わせんな。な?」


凄味のある面で詰め寄られ、夕陽はようやく認め、自称永瀬みなみは本物のアイドル、永瀬みなみになった。


       ☆☆☆

 

「でも何でライブの主役があんなライブ終了直後の客席にいたんだよ」


目の前の永瀬みなみが本物だとすると、色々疑問が湧く。

普通こんな事はあり得ないだろう。

アイドルが客席で妙な格好をして探し物など……。

マネージャーかライブの関係者等に探してもらえばいいのだから。

するとみなみは唇と尖らせ、ボソッと呟く。


「だって……朝、森さんが突然公式SNSで皆揃った写真上げようって言い出して、急いで衣装に着替えて撮って戻ったら首に下げていた指抜きが無くなってたの」


「あぁ、あの写真、俺も見た。偶然俺たちの席の辺りで撮ってたから驚いた」


みなみは「見たんだ…」と小声で呟く。


「実はライブ中もずっと気になってて、ステージからもしかして落ちてないかなって探してた」


「おいおい…」



「ライブが終わってからマネージャーに言っんだけど、探しておくからって言うだけですぐに探しに行ってくれないし。だから居ても立っても居られなくて……」


「はぁ?ガキかお前は…」


「うっさいなー。いいでしょ。大切な物なんだから」


そういってみなみはリュックを愛しそうに撫でる。

中にあの指抜きが入っているからだろう。


「そんなに大切なものだったのか…」


危険を冒してでも探したいくらい彼女が大切なもの。

それがどういう意味を持つものなのか気になったが、それはすぐに話してくれた。


「これ、元々は私のおばあちゃんの持ち物なの。おばあちゃんが結婚する時に大切な友達から贈られたものなんだって。指抜きってね、海外では幸せな結婚のお守りとして贈られるものなんだよ」


「へぇ…それは中々粋なプレゼントだったんだな」


「うん…」


みなみは少し嬉しそうに頷く。


「だからありがとう。こうして届けてくれて。それからごめんなさい。色々真鍋さんに失礼な事言って」


「いや…もうそれはいいよ。それにこっちもちゃんと返せて良かった」


それから二人は再びぎこちなく距離を取る。

まるで先程のやり取りが無かったかのように。


「じゃあ、そろそろ行くね。あ、IDは消さないでいいよ。気が向いたら連絡するかもしれないし」


「え、いやでも……」


みなみはメガネを僅かに下げて挑発的に見つめる。


「なぁに、こんな可愛い本物のアイドルと繋がれるんだよ?嫌なの?」


「……アイドルってこんなに性格、鬼なのかよ」


だが目の前で笑う女の子はやっぱり可愛くて、どうしても胸が高鳴ってしまうのは彼女が本物のアイドルだからなのかもしれない。


これは人気絶頂アイドルが一般男性とお付き合いし、結婚に至るまでのお伽噺。














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