第4話

珍しく澄み切った夜空の下。

ベランダの柵にもたれ、ビールを煽る。


身体には昨日のライブの疲れがまだ残っている。


「ふぅ……」


無意識に取り出したスマホを眺め、メッセージアプリを開くと、そこに見慣れないアイコンが目に飛び込む。

昨日無理やりIDを登録していった謎の少女のものだ。


「minami…ねぇ」


どうやら「minami」は彼女の名前らしい。

南だろうか。

三波だろうか…。


そもそも「minami」は名字なのか名前なのかもわからない。


ライブから一日が経過したが、彼女からは何も連絡もない。

あの切羽詰まったような様子から、すぐにでも連絡が入るのではないかと、今日一日仕事をしながらも緊張していたのだが、何だか肩透かしを食らったような気分だ。

それは決して可愛い女の子からの連絡を待つソワソワした、いい意味での緊張ではない。

その逆だ。


正直な話、出来るだけ早く指抜きを返して彼女との関わりを無くしたい。

だが自分から連絡するまで待てと言われているので、ただ待つ事しか出来ないのがもどか

しい。


その時だった。

手の中のスマホがメッセージ受信の電子音を発した。


「おっ?」


一瞬自分の願いが叶えられたと思ったが、すぐにその希望は軽い落胆に変わる。


「何だ。笹島か」


それは笹島からの画像付きのメッセージだった。

一々相手をするのが面倒だと思いながらもつい付き合ってしまうのが夕陽だ。

開くとそれはトロピカルエースのメンバーたちが揃った集合写真だ。

どうやら昨日のライブ前に撮られたもので、誰もいない会場の客席に五人並んで気合いのポーズを取っている。


それを見ていると、すぐに笹島から電話が来た。


「見た?」


「相変わらず唐突なやつだな。まぁ、見たよ。昨日のだろ?」


笹島の電話はいつも会話が唐突だ。

最初は戸惑ったが、もう今では慣れたものだ。


「そーそー。でさ、よく見ると何かに気付かねぇか?」


「何か?何だよそれ」


言われて夕陽はじっくり写真を眺めてみる。

五人はツアー用に新調したカラフルな衣裳を纏い、座席の前で気合のポーズを取っている。

別にどこも不審なところはないように感じる。


「じっくり見たけど別に何もないが」


「おい、頼むよ。そこ、昨日俺たちがいた席じゃん」


「はぁぁ?気付くか、んなもん」


その写真だけでは薄暗く、背景も一部分だけしか写っていないので、どこのどの場所かまでかは判別しにくい。

よくわかったものだと内心恐怖にも似た尊敬心が湧く。


「わかるよ。ファンならわかる!」


「俺は元々ファンでもないし。デビューしたての新人アイドルなんだから、お前だってそんな誇れるようなファン歴もないだろうが」


夕陽は苦笑しつつ残りのビールを飲み干した。

しかしそれは昨日、自分たちが立っていたあの場に彼女たちがいたという事だ。

実際顔を合わせてるわけではないのに、ちょっとした優越感が湧く。


「これ、当日の朝撮ったんだって。すげぇよな。彼女たちがいた場所の、その数時間後に俺たちが来たって考えると」


どうやら笹島も同じ事を考えていたらしい。


「ああ……そうだな」



すると笹島は軽く鼻を鳴らし、やや小声で聞いてくる。


「なぁ、夕陽も誰かあの中から推しが見つかったか?」


「は?いや、そこまでは。そりゃエンタメとしては心動かされたよ。だけど推せるようなパッションはなかったな」


すると電話の向こうで笹島が落胆する。


「そっか…残念。夕陽もハマれば色々一緒に盛り上れるのにな〜」


「ははっ。悪かったな。同志になれなくて。まぁ、それなりに楽しかったし時々なら付き合ってもいいぞ」


そう言うと、笹島は大喜びで通話を切った。


「アイドル……ねぇ」


スマホを握り、夕陽は再び夜空を見上げた。

夜空を明るく染めるほど強い光を放つ星々からすると、地上にいる自分は一体どう映るのだろう。


星々からすると我々人間は何も存在しない、ただの暗闇に見えるのかもしれない。


それはステージの上で光り輝く彼女たちのようだ。

彼女たちからすると夕陽のような一般人は認識される事もないのだろう。

こちらからはこんなに眩しく見えるのに。


そんな虚しさを抱え、光の当たらない日常へ戻っていく。


夕陽のスマホに彼女からの連絡が入ったのはそれから二週間後の事だった。










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