第12話  医療器具の起源

「今から実験をして見せよう」

 千水はそう言って、会議室の後ろに備え付けの小さな洗面所で、いつもの歯磨きルーティンをし、再び前に戻ってくると、テーブルの端に準備してあった血圧計を引き寄せた。よく病院に置いてあるような、本体の真ん中に腕を入れる空洞のある大型のものだった。

「誰か、一人実験台になってくれるか。」


 大石が、自分の腕を使ってくださいとばかりに袖まくりしながら駆け寄ろうとすると

「オレ!あ、いや、ボクやります!」

 竹内が勢いよく立ち上がる。椅子が後ろに弾かれてガタンっ、と派手な音を立てた。

 竹内はそのままスタスタ歩いて前に出ると、皆と向き合う形で血圧計の前に座った。

 右手は血圧計の空洞、左手を千水が取った。

 血圧計の測定ボタンが押されたのを見て、千水が朝とは違って肘の内側に歯を差し入れる。

 残りの三人は引き込まれるように上半身を乗り出して注視した。

 血圧計がブウウウウウウウウンというモーター音を響かせて、竹内の腕を絞め始める頃、千水は早々と口を離し、

「125/72」

 と告げる。

それから遅れる事数分。血圧計が結果をプリントアウトする。その用紙には

「128/73」

 と記載されていた。

「うおおおおおお、すげえ!」

 新人達から素直な感嘆のどよめきがあがった。


「ちょっと惜しいけどぉ~。ピッタリだったら神だったよね~」

 と赤木が言うと

「お前、警察学校で血圧は左右差があるって習ったやろ~。普通は右が高く出るゆうて教えてもらったねか~。つまりセンセの計測の方が速くてピッタリって事やよ。」

「あっ!・・・だ~よね~~。」

 すかさず谷川から突っ込まれて、どっと笑いが起きる。


「先生!今朝、血圧を測っていただいた時はココでしたが・・。」

 と竹内が自分の手の甲を指さしながら割って入る。

「ああ。通常病院などでは血圧を測るのに、血管が太く、勢いのある部分で測る。

 何故なら測定しやすいからだ。」


 今朝自分の血圧が測られた手の甲と、今測定した肘周辺の部位の違い。

 竹内はそれに疑問を抱き、即座に質問してきた。

 測定部位が違う事はわかっても、注意力や興味がなければ、取るに足らない事としてスルーしてしまう者も多いだろう、本当ならその細かい部分こそが大切なのに。

 

 説明をしながら千水は内心で竹内の細やかさに感心する。

「だが、血液の役割は全身くまなく酸素と栄養分を運び届け、また逆に老廃物を回収してくる事だ。だから本来血圧を測る目的は、血液が末端にまで行き届いているかどうか、末端の血流はきちんと正しく確保されているかを確認する為にある。太く勢いのある部分では十分な血圧があったとしても、途中血流が狭まってないか、圧迫されていないか、という不具合が出ているかどうかは、末端で測って初めて正確な血流状況が把握できる。」

 千水は、噛んで含めるようにわかりやすく説明する。新人らもここまでは問題なしとばかりに、うんうんとうなづきながら千水の話に耳を傾けている。


「だが、末端に行くほど血管は細く、また少しの振動でも大きな影響を受けてしまう為、音や振動を頼りに血圧を測る器具で末端の血圧を正確に測るのは難しい。そこで病院などにある機械は上腕動脈の血圧を測定する。これは上腕部が心臓に近く、より強い振動を感じる事ができるからだ。だから機械はどうしても血管の太いところで測る事になる。それに対して、家庭用の血圧測定器は手軽に手首や指で測るものが多い。それが本来だが、結局体の表面で振動を読むだけの機械だから精度が落ちてしまう。それが機械で体の表面から血圧を測定する限界だ。今は血圧計との測定差を見せる実験だから、敢えて機械と同じ位置に合わせたがな。」

「おおおおおお~」

 とどよめきが起こり、今度こそ全員が尊敬の熱いまなざしで千水を見上げた。

「では、先生の管歯は、その末端の細い血管を傷つけず挿入できて、直接血管の中で血流を感じられるからこそ機械より早く正確に血圧を測る事ができると言う事ですか。」

 須藤が律義に挙手して発言する。

「・・・まあ、そういう事だ。」


「・・・って言うか!・・、先生がさっき言われた医療機器開発って、つまり先生達の『血を読む』やり方を、ボク達みたいな一般人が再現しようとして開発されたのが注射器とか血圧計とかの医療器具って事ですか!」


 竹内が大発見をしたかのように頬を紅潮させて言うと、千水は「ふっ」と目で笑っただけで肯定も否定もしなかったが、新人隊員たちからは「おおお~!」と納得と興奮の入り混じったどよめきが起こった。


「でも、血圧測るだけの為に毎回血を抜かれてたら貧血になりそ~。」

 両手で自分の両頬を包むように赤木がぼやく。

「血圧を測るだけなら血は抜かないし、血も出ない。」


 千水の言葉を受け取るように、竹内が歯を差し入れられた部分を皆に見せる。

「先生の歯が入って来る時、痛みどころか何も感じません。入れられてからは爪楊枝でツンとつつかれてる感じ。多分、見てなければ自分の身体に歯が入ってるってわからないくらい。」

 竹内の言葉に千水は小さくうなづいて後を続けた。

「自然界の中では、蚊やヒルと言った生物もそうだが、我々一族の唾液にはある種の麻酔のような成分が含まれているから相手に何も感じさせずに針の挿入ができる。蚊と違って痒みもない。それに、血は栄養価が高いスーパーフードだから、私にとっても普通は少量で事足りる。血液成分を読むのに採取する量も注射で採血する3分の1以下だ。」


「うお~すげえ!」

「注射器もそうなって欲しいぜ。あれ検査に使うより棄てる方が多いもんな」


「もおお!ヤバいってえ~!じゃあ僕たちこれからは無駄に血を採られる機会がぐっと減るってわけじゃない。え!ボクにもやってくださ~い。」

 俺も、俺も、と順番に千水の牙を体験し、会議室は熱い興奮に包まれ、その後の千水の東洋医学を応用した止血の仕方や、過酷な重労働である警備隊員が普段の生活の中に簡単に取り入れられる健康法の講義は、皆目をキラキラ輝かせながらの受講となった。

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