第11話  君らは花、私は蝶

 大石から「陰の武術指導」と言われ、千水は思わず苦笑いをするが、この口下手で不器用な分隊長が、少しでも新人達に変な誤解や先入観を生まないよう、精一杯気を遣ってくれた事がひしひしと感じられた。まだ講義も始めていないのに千水は既に清々しい気持ちになっていた。


「分隊長から過分な紹介をいただいた・・千水だ。出身と大体の経歴は今の話で理解してもらえたかと思うが、私の方からは我が千水一族の特殊能力について言及したいと思う。」


千水の静かな落ち着いた声は、それでも会議室の前一列に並んで座る新人達に届くには十分だった。

 千水の華々しい家柄と経歴を知り、新人達も俄然興味が湧いた表情で千水の言葉を待つ。


「私の一族は太古の昔から先祖代々、皆同じ能力を持って生まれてきた。人体の血を読み、血の流れを整備するという医療能力だ。人がまだ名を持たぬ頃から、我が一族は医療術で人々に知られ、血を吸う事で、自らも血の恩恵を受ける代わりに人の寿命も延ばした事から畏敬を込めてこう呼ばれた。『血吸の一族』と。」


千水はそこで一旦言葉を切り、ホワイトボードに「血吸」と書いた。


「人体をくまなく流れる血流を整備する事は直接の延命につながる。その原則は現代に至っても変わる事はない。ましてや太古の昔においては、我々の医術は神業として恐れ崇められた。その為早くから我が国の王族、天王家に召し抱えられ、人間の肉体の治水を行う一族という事で「千水」の姓を与えられたと聞いている。どんな医術かは見てもらうのが一番早いだろう。」


千水は今度はホワイトボードに

「管(かん)歯(し)」

と記した。


「私の一族は、皆この管(くだ)状の歯を持っている。この歯を血管に挿入することで、血圧、血流の速さ、量、濃度、成分バランスを正確に測る事が出来る。それがこの歯だ。」


そう言って千水は口を開けて、上唇を引き上げて見せる。新人達の前に牙状の管歯が露になる。


「・・・・。」

「・・・・。」



誰かが息を呑んだ音が聞こえたが、余りの予想外の場面に皆言葉を失っているようだった。


「やだ~~~~~~~めっちゃミラクルうう~~~~~~~鬼ヤバ~い。リアル吸血鬼って事?」


赤木は興奮のあまりオネエ声をひときわ甲高くしながら、隣にいた須藤のマッチョな腕を遠慮なくバシバシ叩く。須藤は迷惑そうな視線を赤木に向けながら諦めたように小さくため息をついた。


「後世に入って、外国のヴァンパイヤ小説から色んな映画が作られるようになって、それまで我々一族の医術を普通に受け入れていた人々も、少しずつ奇異の目で私達を見るようになった。・・・あれら虚構の怪異と、実在する我々一族を、その見た目から同一視するようになった。」


千水は何とも言えない複雑な表情で言葉を切り、暫く遠くを見るように視線を目の前の新人達から少し離すと、それでも静かに続けた。


 「架空のモノに対して細かい事を言うようだが、それらの描写から考えれば、吸血鬼というのは、鋭い牙で皮膚を切り裂いて、その傷口から溢れる血液を飲むそこらへんの野獣と同じに過ぎない。牙は単に口についたナイフに過ぎない。」


本当に冗談みたいな考察だったが、千水は至極まじめな顔で、それまでの静かな語り口より、わずかに語気を強めてそう言った。そこに込められているのが、自分達一族と架空のモンスターが同一視される事への屈辱なのか、怒りなのか、失望なのか・・・。


 感情の見えない声で、しかし少しだけ強い口調で語られた言葉は新人達の心に何らかの感情を伝えたらしく、会議室は一転してシン、と静まり返る。


「我々の管歯は皮膚を貫通する為に先端は尖ってはいるが牙ではなく、言ってみればセンサー付きのストロー状の医療器具だ。危害を加える為の武器ではない。血液は舌で味わい胃で消化されるものではなく、管歯を経由して計測されるものだ。計測後も採取した血液は廃棄もされず、直接我々の身体に養分として取り込まれるから無駄も出ない。我々は余分な量を奪うことなく苦痛も与えず、そして相手を生かす。言ってみれば花の蜜を吸い、代わりに花粉を運ぶ蝶のようなもの。ただ、それだけの事だ。」


全然「ただ、それだけの事」なんかじゃない、千水の言葉を聞きながら竹内は自分達は今なんて貴重な話を聞いているのだろうと思った。


こんなすごい話があるだろうか。この世にこんな素晴らしい医者の一族がいて、それが、こんな風に日陰者のように扱われている。何て悲しい話なんだろう。こんなことが許されていいんだろうか。人類の損失なんじゃないかという、もどかしい気持ちが湧き上がる。でも、さりげなく他の皆の様子をうかがっても、自分のように興奮を覚えている者などいないかに見えた。


「また、我々は血の調整と併用して、今で言うところの東洋医学を駆使していたが、ほぼ時を同じくして社会には西洋医学が普及し始め、治療の為に皮膚を突き破ったり焼いたりする治療を好まない人が増え、東洋医学離れが起こり、我々一族は息を潜めるように医療界の表舞台を下り、完全に天王家の専属医療チームとなった。


千水一族は与えられた医療技術を使い、人の命を救う事を使命とし宗旨としながらも陰の存在となり、天王家の庇護とサポートの下で、今は医療機器開発や一部の国立病院での血液学の研究にあたっている。



一族の本筋から外れた私のようなものは、天王家と防衛省の管理下で、全国各地の自衛隊や、消防庁、君らのような常に命掛けの環境にさらされている現場をサポートする事が許されている。」


天王家?!この国の王族?!防衛省?!という突っ込みを口にするものは誰もいなかった。


千水は造作もない事のように、無表情に淡々とした口調で語ったが、高名な医療技術を持ちながら、国家権力監視の下に日陰者扱いされてきた悲劇の一族の無念や悲哀が新人ら4人にもひしひしと伝わって来た。


竹内だけではない。他の3人もそれぞれに、すごい事だと感じ、大きな権力と圧力が加わっている事も感じ取ってはいた。でも話が余りにも想像を絶し過ぎて、自分達が何を思っても、それで何とかできる問題ではないという事も同時に感じ取っていた。

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