第二章  吸血師という存在

第10話  千水の正体

 二つのグループとも無事に早期解決をしたが、事情聴取などの事後対応に追われて正午を回り、皆で遅い昼食を摂る事になった。常駐センターの食事は食材の無駄を省く為と、隊員の健康管理の為、固定のメニューだったが昼は活動中の為、比較的エネルギー量の高いメニューが用意されていた。基本的に好き嫌いは許されなかったが、アレルギーがある者には特別メニューが用意されたが、現隊員の中には、アレルギー持ちは一人もいなかった。


 今日のランチは「鷹山ポークの生姜焼き丼」で、5mmほどの分厚い豚バラが6枚、どんぶりに盛られたアツアツのト山米「良良良(ラララ)」と、軽く焦げ目がつくほどに直火であぶられた鷹山ポークに挟まれたキャベツの千切りの山は、上下両方からの熱気で、あっという間にシナシナになって、たっぷりと生姜焼きの汁を吸いこんだ。そして、どんぶりの真ん中には地鶏の卵黄の上に針唐辛子がかけられていた。直火で炙られた良質の鷹山ポークには全く臭みがなく、香ばしい生姜醤油がしみ込んだ脂身がまた最高に香り高かった。それに濃厚な卵黄が絡むと、また新たな味覚刺激が加わって、隊員達は余りの美味さに、無言でその極上丼を堪能した。

 普段は雑穀玄米が基本だが、夕食以外こうした丼物や炊き込みご飯などに合わせるご飯にはたまに白米が使われた。どんなに糖分が高いと言われても、やはり米どころト山の白米は最高で、隊員の中には丼を食べ終わった後に、ご飯をお代わりし、生卵をもらってTKG(卵かけご飯)にして食べる隊員もいた。

 それに消化を助けるしらすおろしと、塩分の排出を促すピリ辛叩きキュウリ、とろろ昆布と鰯のつみれ、三つ葉の澄まし汁、デザートはスイカだった。食堂のご飯は、健康管理の為の固定メニューと言っても、隊員を飽きさせないどころか、思わず美味さに浸ってしまうほど至福の時間を与えてくれるのだった。

バランスの良い、しかし満足度の高い食事で、夜の酒盛りが楽しみな隊員達もすっかり胃袋を掴まれて酒はやめられないにしても、飲み過ぎて食事を食べ損ねる事を残念に思う者も出て来て、以前から比べれば皆だいぶ健康状態も改善されていた。

 尤も、隊員達の日々のトレーニングで消耗するカロリーの大きさから考えれば、基本的には一般人よりも大きなクオーターがある事は確かだろう。


 今日も残り半日を切ってしまい、外の雲行きも怪しくなってきた為、午後のトレーニングを終えた後、時間を繰り上げて午後4時から昨晩行われなかった千水の医療訓練をする事になった。ただし、新人隊員以外の隊員は勤務時間内の為、医療訓練の付き添いは大石分隊長だけとなった。

 ロープワークをクリアし、会議室に千水、新人四名、大石の6名全員が時間通り集う。そこで大石が改まった様子で挨拶に立った。


「それでは今から千水先生に医療訓練を行っていただきます。皆さんもご存知の通り、毎年今くらいの夏山シーズン中は、峰堂駅前の派出所と同じ並びに『鷹山診療所』を開設して、そこで1年目と2年目の研修医の先生方、あるいは研修医と当直の先生がペアになって、訪れる観光客の診療を行っています。

 それに対して、千水先生は、我々山岳警備隊の活動を全面的にサポートしていただいている、我々警備隊員専属の先生です。

従いまして、先生は基本、ここ常駐センターに常駐し、日夜にわたり我々の山岳警備活動を支えてくださっております。名前から、もしかしたら、と思った人もあるかもしれませんが、千水先生は、あの千水グループの17代目ご当主の弟さんでいらっしゃいます。」

「へえ~・・・・。」

 新人達の中から、誰の者ともなく小さな感嘆の声があがる。

「ええええ~~~っ、ヤバ~~い!」

 その中でひと際素っ頓狂な声をあげたのは赤木だった。

「変わったお名前と思ってたけど、千水先生ってあの千水財閥の人なの~~。しかも当主樣の弟君って!めっちゃヤッバ~い。何でこんなド田舎でいるの~?!度肝おおおおお。」

「度肝~」と言うのは、赤木的には「度肝を抜かれた」と言わんとしてるらしかった。


 千水グループと言えば、この国でも屈指の企業グループで高卒の竹内でも、その名前は耳にした事があった。ただ、竹内はそういう企業グループと言うものに関心も興味もなかったから、それが一体何だと言うのか考えた事もなかったが、赤木はさすがに大卒でグローバルで藤京都出身なだけあって、他の三人よりもそういう話題には敏(さと)いようだった。


「え~、千水グループと言えば、この国有数の財閥の一つとしてその名を知られておりますが、実は、先祖代々この国の王族に遣える医師団を統率されているお家柄です。しかし、そっちの方の事実は世間にはあまり知られておりません。何故なら、先生のご一族が施される大変素晴らしい医術は他に類をみない特殊なものだからです。先生が8年前に私達ト山県山岳警備隊に来られて、医学的見地から多くの素晴らしいアドバイスを下さり、私達の仕事環境もトレーニング方法も劇的に変化しました。」

 

 新人らは、この夏山訓練に限らず、つい数年前までの山歩き訓練が如何に大変だったかという話を先輩達からこれまでも何度も散々聞かされていた。

 各自50キロのザックを背負って山道を半日歩きヘロヘロで戻ってくると、最後の派出所までの数キロを50キロのザックを背負ったままダッシュでゴールをするという「峰堂ダービー」というラストスパートがあり、ゴールすると更にその場にいる人数×10回のスクワットをする、という筋肉の限界を超えるレースがあったと。


 膝に過重な負荷がかかるその訓練で、少なからず膝を悪くした先輩達もいたらしいが、千水が来てから、人間工学に沿った筋力トレーニング方法へと切り替わっていた。警備隊の駐在センターには立派なトレーニングルームが完備され、新旧様々な機材が揃っていた。

 それは数年前から、山岳警備隊をテーマにドラマや映画が撮影されたり、テレビが取材に来たりして、山岳警備隊の奮闘を知った人達から、中古の機械や、現金などの寄付を受けて、少しずつ買い揃えられたものだった。

 普通は公務員への寄付はできない事になっているが、山岳警備隊に関しては民間法人山岳寄付協会という会員制の団体があり、そこからの寄付は山岳活動の活動費に充てる事が許されていた。


 警備隊員の下半身トレーニングは、今や膝への負担を減らして効率的に周辺筋肉を鍛える機械トレーニングへと変わり、レッグエクステンション、レッグカール、レッグプレス、カーフレイズ、アダクション、アブダクション、その他に自重トレーニングでスクワットやランジ、ヒップリフトが、各10回の3セットスタートから、毎日十回ずつプラスされていくやり方で、8日目には各100回ずつの3セットになった。また、昔のダービーが行われていた頃の「限界への挑戦」「限界を超える負荷をかける」事で、緊急事態への対応力をつけるという精神論を、合理的に引き継ぐ形で、厳しい時間制限と負荷重量の設定が組み込まれていた。しかしその過酷な筋トレの後には、その倍以上の時間をかけたストレッチとツボ押し中心のクールダウンがセットになっていた。


「え~、それだけでなく、先生には非常に具体的な栄養指導や献立の考案、果ては我々ト山県山岳警備隊、陰の武術指導として多岐に渡りお世話になっております。皆さんも食堂の食事、どうでしょうか。毎日好き嫌いなく美味しく食べていますか。」

「あの食堂、マジで一般開放したらランチで1800円はとれると思う~~!」オバハン臭い事を言う赤木に被せるように「ホントすっげえゴージャス!」ゴリ須藤が興奮を帯びた声をあげた。「いや~ここのご飯あれば~あ、どっかに他に食べに行こうとは思わんちゃね」と自己完結的に独り言ちる谷川。

「え、お医者さんが武術指導?!・・陰の武術指導って・・あっ、すいません・・。」

 竹内は一人だけ違う事に反応した事を、別段悪びれる様子も恥じる様子もなく、ただ淡々と話の腰を折った事だけを詫びた。


「では、あとは先生、よろしくお願いします。」


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