第9話 阿吽の呼吸
峰堂駅へ喧嘩の制圧に向かった柳谷、野村、赤木、谷川の四名は駆け足で現場に急行した。遠目からも辺りは大騒ぎになっているのが見て取れた。
女性を含む中東系の外国人八名とアジア系外国人四名、チンピラ風の日本人が二人で争っており、日本人の一人が刃物を振り回して威嚇していた。中東系グループの男性二人が殴られたらしく、鼻や口から流血しており、女性が男性の血を拭きながら、悲痛な声で泣き叫んでいる。
そして、それを遠巻きに携帯電話で撮影している人たちが、そこかしこに立っている。ニュースキャスター気どりで自撮りしながら実況放送の真似事をしている者までいる。日本人だけではない。いろんな外国語も飛び交っている。谷川はその異様な光景を見て狂気の沙汰だと思った。流血騒ぎをまるで何かのイベントかのようにビデオ撮影しながら自分達は傍観者と決め込んでいる輩たちに腹の底から怒りが湧いた。
「こちらは危険ですので、直ちに避難してください。携帯での撮影はおやめください!関係ない方はこの場から一旦離れてください。」
と呼びかけながら、携帯してきたロープを歩道の柵に結びつけ、自分と柵で境界線を作ると、走りながら傍観者たちをロープの外側に誘導して、取り巻く円を少しずつ外側へと広げる。
それと同時進行で、柳谷と野村のベテラン組二人は、走りながら警棒を取り出し
「はい警察です。そこどいて!」
とまっすぐ現場に突っ込んでいた。
「警察だ、刃物を捨てなさい。」
野村が怒鳴ると、
「なんじゃオラ?イチャモンつけて来たんはそいつらや!そいつら先に逮捕せんかい、アホウ!」
とナイフをこちらに向けて来る。かなり頭に血が上っているようだった。
赤木は中東グループに駆け寄り、ナイフを振り回している日本人グループから大きく距離を取らせた。
アジア系四名は中国人だった。
彼らによると、バス待ちをしながら煙草を吸っている日本人に中東系外国人が注意をした事が発端だという。日本人が逆切れして手を出したことから、殴られた中東系外国人の仲間がそれに怒り指差しで罵った事に、更に腹を立て、もう一人も殴ると、傍に居た中東系外国人らが集まって来た。その人数を見て分が悪いと思ったのか、日本人が刃物まで取り出したので、これは見過ごせない事態と感じて、中東系外国人を助太刀しようと介入したところに赤木達四人が駆けつけたという事のようだった。
赤木は英語と中国語でコミュニケーションを取りながら、救急車の出動要請をかける。
その間に谷川はロープの境界線を使い、ギャラリー達を一旦全員歩道にあげきって、現場付近は完全に当事者たちだけの状態になっていた。出てきた峰堂駅の職員と連携し、ちょうど上がって来たトロリーバスを喧嘩の現場から離れた手前に誘導し、そこを臨時停留場にして、峰堂駅からトロリーバス待ちの観光客へ、臨時の停留場からバスに乗車するように放送をかけてもらう。
「すぐに刃物を捨てて降伏しろ!」
どう見ても分が悪い状況にも関わらず、完全に頭に血が上って引っ込みがつかなくなっている男は再び呼びかけても、やはり刃物を下ろす意思は見せなかった。冷静な判断が出来なくなっているのは怯えの裏返しである。
柳谷、野村は冷静に、じりじりと距離を詰めたかと思うと、野村が警棒でパッと刃物を叩き落とし、相手の懐に入ったその勢いで、相手の足を払って向こう側に押し倒す。一瞬のスキを突いた大胆な踏み込みからの鮮やかな柔道の足技だった。
丸腰のもう一人も柳谷があっという間に制圧し、落ちた刃物は赤木が素早く駆け寄り回収した。
ベテラン二人が犯人を確保した時には、谷川は周囲のギャラリー達を誘導する中で聞き込みをし、大勢がビデオ撮影していたことから、赤木が外国人グループから聞いた事の顛末通りという裏も取れていた。
その間に救急隊員も到着しすぐに搬送され、事件はあっという間に収められた。
4人は事前に、どう立ち回るかを打ち合わせしていたわけではなかったが、駆け付けた現場の状況を見て自然にそういう立ち回りになった。ト山山岳警備隊では現場に到着した後に、その状況を見てから作戦を立て、指示をしたり受けたり、という状況はほぼなかった。
通報を受けてから、とにかく最速で現場に到着し、「喧嘩を制圧する」という共通目的の前に、全員が常に今自分には何ができて、何をすべきかを考える。
現場に到着した時に何が目に入り、何に気がつくか。その視点と能力がそれぞれ違うからこそ、いろんな角度から同時進行で事件の解決が図れるのだ。
ベテラン達の「何とか潰れずに山岳警備隊員として育って欲しい」という包容力と強い気持ち、そして新人達の「早く一人前になりたい」という使命感と誇りがぶつかり合って起こる化学反応が、往々にして当初の予想を遥かに上回る結果を生み出すという事を、ベテラン達は長年の経験から肌で理解していた。
ここ鷹山連峰では、近年グローバル化が進み、外国人にも人気の登山スポットとなり、それに伴って色々な事件や揉め事も多く発生するようになったが、今回の加害者は完全に日本人だった。
一方、もう一組出動した遭難救助の方も、先輩隊員らによって適切な対応がなされ、遭難者達は無事に救助ヘリへと託された。
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