第8話  事件発生、警備隊出動せよ!

 山岳警備隊の仕事は、とにかく体力がモノを言う。山での生活技術もこれからまだまだたくさん学ばなくてはいけないが、そもそも山岳警備隊の入隊条件が人一人背負って山道を30分歩ける事だった。しかし、実際に入隊してみると30分どころの話ではなかった。訓練と称して40キロの荷物を背負って8時間歩き続けた事もある。


 だから、しっかり食べて身体をエンジン満タンにしておかなければならない。竹内はしっかり咀嚼しながら食事を摂る。同じ地元のよしみか谷川が付き添ってくれた。

食事とトイレを済ませ外に出ると、もう車両付近に皆が集まってきていた。

今日も天気は快晴だった。

「お~おはよ。マコ、もう大丈夫け?」

既に到着していた兼務隊員らが次々と気さくに声を掛ける。

「あ、はい、ありがとうございます。昨日はご迷惑おかけしました。」

と話をしながら、もうあと5分ほどで、毎朝の定期点検が始まろうとしていたその時だった。


「峰堂駅でバス待ちの登山客が喫煙をめぐり口論の末、殴り合いの喧嘩が発生。一人は刃物を持っており、一方は外国人の模様。警備員は直ちに現場に急行してください。」とトランシーバーで連絡が入る。派出所から駅は目と鼻の先である。

 即座に現場急行班が編成され、常駐の柳谷と野村、新人の谷川、そして外国人が絡んでいるという事で同じく新人の赤木の四名で編成され、迅速に準備すると駆け足で現場に向かう。

山岳警備隊としては訓練中の半人前でも、喧嘩の制圧となれば新人四名もいっぱしの警察官なのだ。いや、たとえ遭難事故で出動する事になっても隊員として出動するからには「新人だから」という言い訳は通用しない。そういう意味でこの夏山訓練というのは、遭難救助デビューも起こりうる極めて実践的な訓練だった。


後の者は引き続き、残りの機材と車両の点検を行う。

竹内ら待機組は、点検を終えると自分達もいつでも出動できるよう準備を整える。いつ後援のコールがかかるかもわからないし、もしかしたら他の案件が発生する可能性もある。事件は都合よくコンスタントに順番に発生してくれるわけではない。いくつもの事案が立て続けに発生する事は往々にしてある。待機組にもピリピリと緊迫した空気が漂った。


 そんな中、

「前ノ廊下で遭難事故発生。警備員は直ちに現場へ急行してください。」

という通報が入った。遭難パーティは四人との事で、『前ノ廊下』と呼ばれる付近で、沢を渡る時に足を取られて転倒し一人が怪我をして立ち往生しているというものだった。大石分隊長の指示で、先輩隊員四人が出動していった。隊員達が既に二グループ出払い、後に残されたのは新人二人、兼務一人、分隊長の四人となった。

「まっ、平常心平常心やちゃ。」

緊張した面持ちの須藤と竹内を見て、大石分隊長がなだめるように優しい口調で声をかけたが、新人二人の緊張感は高まる一方だった。

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