第13話  戸惑う男

 その日の夕飯は他の先輩隊員達も交え、新人二人の活躍と千水の話題で持ちきりだった。

「な~、すげえやろ?センセはホンマすっごいんやちゃ!・・・しかも、ここだけの話!センセ、めっちゃくちゃ強いがよ!」

 わざと声を潜めて喋る野村に、新人達が「へえええ~」と歓声をあげる。医療訓練を受けた事で、もうこれで隊員同士ではタブーがなくなったとばかりに全員で大いに盛り上がっている。

「それ、さっき分隊長も先生の事を『陰の武術指導』って呼んでました。先生ってそんなに強いんですか?」腕に覚えのある須藤が興味津々の顔をしている。

「ゴリちゃ~ん、お前ね~無駄に体力と腕力だけあってもダメながよ、武術ゆうたら~あ、ココやぜ、ココ!」と185センチ、85キロの須藤の巨漢に負けるとも劣らない先輩隊員の野村が人差し指で自分の頭を指さしながら笑う。

「おまっちゃも(お前達も)そのうちにわかっちゃ(わかるさ)。とにかく~、ここにおる中で誰もセンセには敵わんちゃ。」

 野村がそう言って豪快に笑う。


 野村は今年32歳になる中堅の隊員だったが柔道黒帯の力自慢だった。

 もちろんタダのバカ力ではない。今日のように刃物を持っているような凶悪犯と対峙するような状況でも、怯むことなく相手の心の隙をついて果敢に踏み込む。その野村がお世辞なのか事実なのか、自ら千水には敵わないという。


 この無駄肉の一切なさそうなスラリとした身体で、どうやってこのブルドーザーのような野村を相手にするのか。新人四人達の興味は、講義が終わってご飯を食べている今も高まり続けている。


 隊員達の横で、千水も静かに座っていた。自家製のハーブティーを飲み、楽しそうな隊員達を見ながら、千水は不思議な気持ちに包まれていた。これも、時代の変化なのだろうか。忌み嫌われ、遠ざけられてきた自分達一族。

 誰もが自分とは遠慮がちに少し距離を置いた付き合い方をしようとする。


 ココに来て8年———。


 皆が自分を立ててくれ、輪に入れてくれる。田舎ならではの不遠慮もあるのか、軽口、減らず口は叩くものの、それは「段々慣れてくるにつれて」という段階を踏まなければならなかったし、担当医であるという「敬意」にも似た一種のよそよそしさは決してゼロにはならなかった。


 ところが今年の新人達は違っていた。誰一人怯えたり、気持ち悪い物を見るような反応は示さなかった。それどころか、「俺も」「俺も」と自分の腕を噛んでみてくれと屈託なく楽しそうに腕を出された。


 例年なら「たった一人の実験台」を新人隊員の中から出すのも簡単な事ではない。だから毎回先輩隊員の同席と協力を必要としてきた。それなのに実験台の申し入れに即座に反応を示した新人。


 竹内真——。

 高卒だと言っていたか。皆の弟分的な立場にありながら、あの落ち着き、細やかな観察力、鋭い分析力。その率直な的を得た言葉が皆の警戒心をかなり下げてくれたことは間違いない。

 あれが計算なのか天然なのかはわからないが、どちらにしてもかなり助けられた。


 お陰で今も興味津々の純粋な視線を投げかけられる事に慣れていない千水はどうしたものかと顔には出さないものの内心対処に困っている。須藤なんかはホントにゴリラのように鼻の孔を膨らませて今にも相手になってくれと寄ってきそうな勢いだ。


「でも、おまっちゃ、これは軽々しく口外したらアカンがいぞ!例え警備隊辞めてでもセンセに迷惑かかるような事だけしたらアカンがいぞ!」

 そこに分隊長らしく釘を刺す大石。

「はい!」「ハイ!」「押忍っ」「は~あい!」

「おいテツ、お前がいっちゃん(一番)心配やちゃ。ホンマに大丈夫やろの?」

「あ~~んもう、失礼しちゃう!」


 楽しく盛り上がってはいるが、今日自分達が見聞きした事は絶対に外に漏らしてはいけない機密事項だ。千水の置かれている立場も考えるほどに複雑で、殊、千水の心情を思えばバカ騒ぎするような状況ではないのだ。自分達の想像も及ばないような国家機密、色んな利権や情報が絡み合う世界、自分達如きには何もできる事はないが、せめて自分が迷惑をかけるような事にはならないように細心の注意を払って行かなければ・・・4人はそれぞれに現実に引き戻されて、身の引き締まる思いがするのだった。


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