第8話 面接
面接当日。冴島家の屋敷の一室を待合室として使い、応募者達が面接の開始時間を待っている。
緊張して落ち着きなくウロウロしたり、受け答えの最終確認をしたり、ボーッとしたりなど、待ち時間の過ごし方はそれぞれだった。
程なくして応接室に続く扉が開けられると、彼女らの上司である撫子が姿を現した。
「私が今回、坊っちゃまと共に貴様らの面接を担当する白銀撫子だ。さっさと始めたいところだが、その前にひとつだけ言っておく」
参加者を鋭い目つきで見渡しながらそう言うと、場の緊張感が一気に高まった。
「本来、貴様らごときが坊っちゃまのメイドとしてお仕えするなど地球が滅びても有り得んことだ。だが、あの方は貴様らにチャンスをお与えになったただけでなく、直々に面接まで行ってくださる。その事実に感謝し、坊っちゃまのために働く意思のある者だけ残れ。私の言葉に不満がある者は今すぐ去れ」
当然ながら待合室から出ていく者などいない。撫子は残念そうに小さく息を吐くと、参加者のひとりに視線を向けた。
「それでは受付番号1番から順に面接を行う。いいか、坊っちゃまに少しでも失礼な態度をとった者は私がすぐに叩き出してやるからそのつもりでいろ」
そう言い残し、客室へ引っ込む撫子。
それと同時に、張り詰めた空気が若干緩む。
「はー……生の智也サマに会えるのはいいけど、会長まで同席するなんて聞いてないよ〜……。てか、協会側の人が同席するとかアリなの?」
撫子にビビっているこの少女の名は春咲彩音。ショートヘアの活発そうな印象を持たせる容姿だが、撫子が面接に同席する事実にガックリと肩を落としている。ついでに胸がかなりでかい。
「別にあの人が居ようが居まいがどうでもいいわ。私は智也お坊っちゃましか眼中にないもの」
彩音とは対象的に落ち着いた様子の女性は、霧島沙月。ボブカットの清楚系美女という言葉が当てはまりそうな彼女も、智也のメイドとなるべく面接を受けに来たひとりだ。
そして胸がすごくでかい。
「沙月は落ち着いてるね……。あーやべ、緊張して喋れなかったらどうしよ」
「はあ……。いいから面接に集中しなさい。私は貴方に構ってる暇はないの」
「は〜い……」
それから10分ほど経ち、応接室への扉が開くと受付番号1番のメイドが戻ってきた。
「受付番号2番。部屋に入れ」
「えっ、もう!?」
「早くしろ、受付番号2番! 受けないのならさっさと帰れ!」
「は、はい! 受けます受けます!」
慌てて立ち上がり、面接室の前まで駆け寄る彩音。深呼吸してから面接室へ入ると、夢にまで見た本物の智也が自分を迎えてくれた。
「し、失礼します」
深々とお辞儀をしてドアを閉めると、椅子の傍までギクシャクと歩いていく。
「受付番号2番、春咲彩音です! 本日はよろしくお願い致します!」
「ふふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「は、はい」
(こ、これが生の智也サマ……! やばっ、めちゃくちゃ可愛いじゃん! 天使かよ)
可愛らしい笑顔で自分の緊張をほぐしてくれた智也に、彩音は一瞬でデレデレになる。
「それじゃあ、面接を始めます。まず、今回の求人に応募した理由を教えてください」
彩音に質問する智也だが、面接官特有の事務的な雰囲気は感じられず、どちらかと言うと面接ごっこをしている子供のようである。
その微笑ましさに、撫子と彩音は母性本能が刺激されまくっていた。
「はいっ! えと、あのその……い、以前から智也様の元で働きたいと思ってまして、今回、メイドを募集してるのを知って……またとないチャンスだと思ったので応募させていただきました!」
「ありがとうございます。それじゃあ次の質問……うーんと、春咲さんの長所を教えてください」
「はい! ぼ……私の長所は……」
(長所……長所は……あれ、なんて言おうと思ってたんだっけ!? やばいやばい、せっかく考えてきたのに忘れちゃった!どどどどうしよう! とにかく落ち着け! えーっと、客観的に自分を見てパッと思いつくのは……)
脳をフル回転させ、質問への答えを考えた。
その結果、彼女は半ば勢いでとんでもない回答をしてしまう。
「おっぱいがでかいことです!」
「えっ」
「はっ」
シーンと静まり返る面接室。彩音の予想外すぎる答えに、智也は顔を真っ赤にした。
(しまったあああ! 何やってんだボクううううう!)
盛大にやらかしたことに気づくや否や、頭を抱えて壁にヘッドバットをかましたくなる衝動に駆られるが、そんなことをしても言ってしまったものは取り消せない。
恐る恐る撫子の方を見ると、案の定怒りで額に青筋を浮かべていた。
「貴様……」
(やべえよやべえよ、会長がキレてるよ……)
人を殺せそうな目で彩音を睨む撫子。
彩音は泣き出したいのを懸命にこらえ、救いを求めるように智也に視線を向けた。
「坊っちゃま、この者の面接は終わりにしましょう」
(ああ……終わった……)
自分は智也のメイドにはなれない。そう確信し部屋を出ようとしたが、智也から掛けられた言葉は意外なものだった。
「ダメだよ撫子さん、せっかく面接を受けに来てくれた人にそんなこと言っちゃ。……えっと、僕は気にしてませんから。だから、そんなに落ち込まないでください」
「智也様……」
すっかり諦めモードに入っていた彩音には、この時の智也が聖母に見えた。
「……だそうだ。坊っちゃまの寛大さに感謝しろ」
自分の失態を責めも笑いもせず、優しく受け止めてくれた智也。
彩音はこの時、この人の為なら死んでもいいと本気で思った。
※
「では、受付番号3番。部屋に入れ」
無事に面接を終え、待合室に戻った彩音。その顔は始まる前とは違い、実に爽やかだった。
「面接はどうだった?」
そんな彼女に沙月が声をかける。
「智也サマが……」
「智也お坊っちゃまがどうしたの?」
感動と喜びと好意が混じったようなこの上ない笑顔で手を組み、涙を流しながらただひと言、彼女は言った。
「天使だった」
(なに当たり前のこと言ってるのこの子……)
自分からすれば分かりきっていることを言う彩音に、怪訝な表情を浮かべる沙月だった。
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