第7話 二人暮らし終了のお知らせ

「坊っちゃま、今なんと……?」


 絶望したような表情で立ち尽くす撫子。

 そんな撫子の様子に智也は戸惑いつつも説明する。


「えっとね。この間、撫子さんが体調を崩しちゃったことがあったでしょ? それで、やっぱり今まで撫子さんに負担をかけすぎちゃってたんだなって思って……。だから、新しいメイドさんを雇うようにお父さんにお願いしたんだ」


 新しいメイドの雇用。それは智也とのふたりきりの生活が崩壊することを意味していた。


「そんな……! 坊っちゃま! 坊っちゃまにお仕えするメイドは私ひとりで充分です! 確かに、先日は風邪を引いてご迷惑をお掛けしてしまいましたが……それでも、私は坊っちゃまのために働くことを負担に思ったことなどありません! どうか、お考え直しくださいませ!」


 智也の言葉には絶対服従を誓っている撫子だが、こればかりは認めたくなかった。

 この幸せな毎日に、自分と彼以外の人間が割り込むなど考えたくもないのだ。


「でも、僕……やっぱり撫子さんが心配なんだ。僕にとって撫子さんは大切な人だから……」


「坊っちゃま……!」


(なんと身に余る光栄……! 坊っちゃまからそのようなお言葉をいただけるなんて!)


 智也にとっては何気ないひと言だったが、それだけで撫子は今までの働きが報われた気分になった。


「だから、やっぱりメイドさんの数を増やした方がいいと思って」


 心配そうに上目遣いを向けてくる智也に、撫子は自分の発言が智也の優しさを無碍にしていたことに気づく。


「……かしこまりました。私ごときが坊っちゃまのお決めになられたことに異を唱えてしまったこと、どうかお許しくださいませ」


「あ、謝らなくていいよ! 別に怒ってないから! ね?」


 心底申し訳なさそうな顔で謝る撫子に、智也は慌ててフォローを入れる。


「となると、求人はこれから依頼するのでしょうか?」


「うん。とりあえず撫子さんには伝えておこうと思って」


「お気遣いありがとうございます。しかし、坊っちゃまにお仕えするメイドを募集するとなると、応募者は10や20では収まらないでしょう。選出方法はどのようになさるのです?」


 撫子の言う選出方法とは、面接、書類選考、実技、筆記の4種類。

 求人を依頼した顧客がその中から自由に選び、メイドのスキルが求める基準に達しているかを見るものである。

 優秀さを重視して全ての項目を選んでテストするもよし、最低限の家事スキルがあれば良いと言うなら実技だけを選ぶもよし、という具合だ。


「それなんだけど、僕が面接しようかなって」


「ぼ、坊っちゃまが直々に? 何故です?」


 てっきり智也の父親か母親が試験に立ち合うのかと思っていた撫子は、思わず間の抜けた声を出してしまう。


「うちで働く人を決めるわけだから、僕が自分の目で確かめて決めたいと思って」


「な、なるほど……。しかし、先程も申し上げたように、坊っちゃまにお仕えしたいと望むメイドは数え切れないほどいます。それらと全て面接するのはかなり大変かと……」


「そんなことないと思うけどなあ。まあ、待遇は良くしてもらうように頼んだけど」


 メイド達が自分の元で働きたいと思っている理由を勘違いした智也の発言で、撫子のお説教スイッチが入ってしまった。


「待遇の問題ではありません! いいですか? 協会に所属するメイドは全員が坊っちゃまに好意を寄せていると言っても過言ではないのです! 例え給料や休日が0であろうと、貴方様の傍でお仕え出来ることが我々にとってこの上ない幸せなのです。恐らく求人を出した途端、大量の応募が殺到するでしょう。それらを全て坊っちゃまひとりで捌くなど、あまりに無謀です!」


「そ、そんなに? それじゃあ、上限を決めてそれ以上の応募は締め切るって感じで……」


 撫子の圧に押されながらも、会場である屋敷や自分自身がパンクしないための案を出す智也。


「そうですね、それがよろしいかと。それと、私も面接に同席させていただきます。坊っちゃまを狙う輩が応募者を装って屋敷に侵入する可能性もありますから」


「それはないと思うけど……分かった。一緒に頑張ろうね」


「は、はい! お任せください!」


 愛する主人の笑顔に心臓をキュンキュンさせながら、撫子は彼の手を優しく握るのだった。

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