第7話 少女とオーク
俺は目の前の光景に見惚れていた。オークと少女の剣戟の応酬が繰り広げられる。両方とも圧倒的な強さだった。力強いオークの剣戟を少女がひたすら受け流し、隙を見つけては少女が反撃を試みる。その姿はとても可憐で、まるで絵画をみているかのようだった。
『シオン、大丈夫?』
「ああ、大丈夫だ」
ライムの言葉で正気に戻った俺は、あたりをみまわす。まわりのオークや、冒険者たちは目の前のオークから逃げたのだろうか? 周りには俺たち以外はいつの間にか誰もいなかった。冒険者達とは一瞬共闘もしたというのに……薄情な奴らだとは思うがあいつらは元々俺を拉致するために来たのだから仕方はない。それにほかのオークたちを引き連れて行ってくれたのは助かる。
『はは、人間の雌のくせにやるじゃないか!! 名前は何て言うんだ?』
「へぇー、このオーク中々やるわね!!」
赤髪の少女とオークは激闘を繰り広げている。目の前の少女を助けようにも、うかつなことをすると邪魔になるだけだろう。てかさ、オークのやつさっきから俺たちに話しかけているけど言葉通じないってわかっていないのかな? いや、俺はギフトのおかげでわかるんだが……あいつ強いけど馬鹿なのかもしれない。
「でもこれで終わりよ。食らいなさい、炎剣(フランベルジュ)!!」
赤毛の少女の剣から炎が生じオークの剣とぶつかり合うと同時に爆発が起きる。煙から出るのは無傷の少女と体の一部を火傷したオークだ。だが負傷したオークに戦意の衰えは見えず、それをみた少女も楽しそうに笑う。なんだこれ……強者同士は通じ合うみたいになってるんだが……
少女のスキルを警戒してかオークも先ほどの様にはうかつに切りかかってこない。お互いの動きをみて、一歩踏み込めば切りかかれる状態をキープしている。少女が一瞬こちらを心配そうにみた瞬間であった。オークがこれまでにない速さで少女に接近して切りかかる。おそらくスキルによる必殺の一撃であったのであろう。
「危ない!!」
俺は少女のピンチに思わず声を上げる。その時信じられないことがおきた。少女はまるで、オークが切りかかってくる場所がわかっていたかのように、身を引いて逆にオークの右手首を切り落とした。
オークの手首が血をまき散らしながら宙に飛んだ。少女が追撃をしようとすると、それをオークは左手だけで、器用に剣を操って受け流す。そしてオークは激痛に顔をゆがませながらも楽しそうに笑った。
『はは、やるな!! 人の雌よ!! これをよけたのはお前が初めてだよ』
「これでしとめるはずだったのにやるわね!!」
こいつまだやる気なのか? 片手を失ったオークは劣勢になるかと思いきや、なぜか先ほどよりも、機敏に、しかも力強く剣を振るう。少女もこれは予想外だったのか、顔に困惑の表情が現れる。
おそらく、これがオークのギフトかスキルなのだろう。ダメージを受ければ受けるほど強くなるとかそんな感じなのだろうか? 幸いにも自然治癒の能力はないようだ。
攻守は逆転して、少女はオークの攻撃を受け流すだけで一方的に攻められている。だが、オークの方も腕から血を流したままである。彼女が受け流しきれなくなるか、オークが失血で戦えなくなるか、どちらかだろう。
歪な均衡はいきなり破られた。少女の背後の岩に潜んでいたオークによって、矢が放たれ、少女の右肩を掠めたのだ。少女もとっさに回避をしたので致命傷ではなかったが、それは致命的な隙だった。そしてオークの攻撃が少女を襲うかに見えた。しかし、そこで予想外のことがおきた。
『邪魔をするな!!』
オークはそれををみると怒りに顔を歪め、剣をまるでやり投げのように放り投げたのだ。その剣は少女でもなく、俺でもなく、不意打ちをして弓を射ったオークの喉を貫いた。
彼の目に宿る感情は純粋な怒りだった。それは神聖な戦を邪魔されたことによる怒り。俺は黒いオークに戦士の魂のようなものを感じたのだ。それは彼女も同様らしい。
「ありがとう、武器を取ってきなさいな。仕切り直しをしましょう」
『うちの馬鹿がすまなかったな』
そういって彼女はジェスチャーで、オークの投げた武器を指さす。割り込むならば今しかないな。あのオークは強いし、彼女は怪我をしてしまった。状況はより不利になったのだ。ここは俺の出番だろう。
「赤髪の人!! ちょっと待ってくれないか? 俺がこいつと交渉をする」
「はっ? 交渉? 何を言って……」
「オークよ、お前もこのままでは死ぬぞ、話を聞いてくれ」
『そんなことは知っている、だから、最期の戦いを楽しむんだ、邪魔をするな!!』
俺の言葉に彼女とオークは一瞬困惑したが、そのまま、オークは武器を回収して剣を構える。無視された。
まあ、そりゃあそうだよな、俺は剣を床に置いて彼女とオークに近づいた。正直俺が剣を持っていても、役に立ちそうにないし、戦意はないというパフォーマンスだ。俺の行動をみて、オークは怪訝な顔をして動きを止める。
「なあ、あんた。お互い限界みたいだし、ここいらで一回仕切り直しといかないか? さっき邪魔も入ったしな。」
『はっ? 何をいってやがる。戦いはここからだろうが!! それに、俺は片手を失ったんだ。やがて死ぬ。最後の強敵との戦いを楽しませてくれ!!』
「なら怪我を治せばいいんだな? おとなしくしていろ。俺は傷をいやすことができる。癒せ」
俺は自分の切り傷を治して癒しの力があることを示す。そして無言のオークの落ちた手を拾って、無理やり腕に押し付けて回復魔法を唱える。オークは困惑をしているが変なことをしたらすぐ殺せるという油断もあるのだろう。黙って俺の行動をみている。
「傷よ治れ」
「ちょっと!! なにをしてるのよ!!」
『お前何を……おお!!?』
少女の制止の声と オークの困惑の声が入り交じる。よかった、無事くっついたようだ。切断面がきれいだったのと、オークの再生力の強さがあったからこその成功だろう。
「傷は治した。彼女をこの場に再び連れてくると誓おう。だから仕切り直しにさせてくれないか?」
俺の法術によって治療された腕を、オークは信じられないという顔でみていたが、無事つながったことを確認すると、豪快に笑った。
『これでまた戦える……ああ、約束は守るぜ。今日はもうお前らを襲わない。というか、お前は俺の言葉がわかるんだな……その雌にいい勝負だったと伝えてくれ』
「ああ、わかった。伝えておこう」
『シュバインだ……俺の名前はシュバインだ。ありがとうよ』
「そうか、またな。シュバイン」
「一体なにがおきているの?」
そういうとシュバインはもと来た通路に歩いて行き、ダンジョンの奥へと帰っていった。その姿をみて少女は困惑しながら視線で俺に説明を促した。
「ねえ、何がおきているのよ? なんであいつの傷をいやしたの? 何であいつはもう襲ってこないの?」
「あのままだったら君も俺も危なかったろう? だから色々交渉したんだ……ちなみにシュヴァインっていうみたいだぞ。あいつ」
「は? 魔物と交渉した!? 何者なの……あなた……」
「それより、助けてくれてありがとう、あのままだったら死んでいたよ」
シュバインが去ったのを見届けた俺は改めて彼女にお礼を言う。俺が一息つくと、少女が何やら緊張した面持ちで一言。
「まあいいわ。そんなことよりも、あなたに聞きたいことがあるんだけど、正直にこたえてもらえないかしら?」
「ああ、なんだ? 俺にわかることならばなんでも答えるよ」
真正面から俺をみる彼女からはなんとも言えない迫力があり、俺は断ることができなかった。
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