第6話 集団戦

「イアソンのやつが、俺のために金を払うとは限らないぞ。それにダンジョンでの冒険者同士の争いは禁止されているはずだ。ギルドにばれたらお前らの冒険者としての人生は終わりだぞ。わかっているのか? いまなら、勘違いだったということでなかったことにできるがどうする?」

「はっ、何言ってんだ!! 残念ながら、お前はここで俺たちにぼこぼこにされるんだ。ギルドに報告する気もおきないくらいにな!!」

「ああ、本当に残念だよ」



 俺はダン!! っと思いっきり足で地面を踏みつける。しかし何もおこらない。怪訝な顔をしていた冒険者たちは不審な行動をした俺をみて嗤う。



「何をするかと思えばなんにもおきないじゃねえか、ギフト持ちとはいえしょせんは『翻訳者』だな」

「ああ、俺は『翻訳者』だからな、俺自体はたいして強くないんだよ、でもな……『翻訳者』は『翻訳者』の戦い方があるんだ。だからお前の相手は俺じゃない強い奴らがしてくれるさ」

「わけのわからないことを!! やるぞ」



 その言葉と共に冒険者たちが武器を身構える。俺は一応武器を構えるが、もちろん戦う気はない。俺の背後……ライムが這っていった方向から何かがやってくる足跡が響いてきた。時間稼ぎは終わりだ。



『シオンお待たせ!! ヒーローの登場だよ!!』

「ヒーローと言うよりも、ヴィランだけどな……大変だ、オークの集団だぁぁ!!」



 俺の背後から、ライムの声がきこえたので振り返って叫ぶ。すると、まずライムから少し遅れて何体もの人影が見えた。そしてそいつらは俺達をみて舌なめずりをした。



『人間だーー!! 殺せ!! リーダーが喜ぶぞ』

『ちっ、男ばかりかよ。あいつらまずいんだよなぁ』



 その正体はオークである。やつらは武器をかまえながら大きな足跡をならしてやってきた。蝙蝠にオークの集団がいることを教えてもらった俺は、ライムに頼んでここに引き連れてもらったのだ。数は15程度。冒険者たちがちゃんと戦えば苦戦はするが、何とか勝てる数だ。オークと冒険者たちが戦っている間に、俺は逃げさせてもらおうとしよう。英雄のように正々堂々戦いたがるイアソンと、パーティーを組んでいた時には使えなかった戦い方だが、成功したようでよかった。



「おい、シオン。オークの集団だ、ここは一旦手を組もう」

「ああ、さすがに死にたくはないからな」



 はは、都合のいいことをいってやがる。ボコそうと思ったやつに共闘を申し出るかよ。俺はとりあえず話を合わせる。協力するのに気は進まないが、死人が出ては後味が悪いな。適当にサポートしてから逃げるとしよう。一応背後には気を付けながら俺は戦闘モードに入る。



「おい、おっさんそっちのオークが弓でお前を狙っているから気をつけろ!! このメンバーのリーダーはそこの後ろにいるやつだ。おそらく手ごわいから遠距離から攻めろ!!」

「あ、ああ……」



 俺の指示に冒険者たちは従う。ああ、懐かしいな。最初の頃は俺とイアソンたちもこんな感じだったのだ。俺が翻訳スキルで魔物の会話を盗み聞いて、それに合わせて行動をする。それもみんなが強力なスキルを得るに至って機会がなくなってしまった。基本的には魔物なんて、メディアの魔術で一発だったからな。

 そろそろ潮時か……冒険者が優勢になってきたので、俺が逃げ出そうとすると、洞窟内にいる蝙蝠から危険という合図が響き渡る。常人には聞こえない超音波も俺の翻訳スキルが危険信号を知らせてくれる。だが一体何が来るというのだ? 



「ライム、なにかやばいやつがくるらしいがわかるか?」

『もしかしたら……』

『ふははははははは、戦いの匂いする!! 俺も混ぜろぉぉぉ!!』

『げぇ……あいつかよ……』



 オークたちがやってきた通路から新しく一匹のオークがやってきた。そのオークは普通のオークより体は小さいが、全体的に真っ黒で……何よりも、眼光が不気味なくらいするどかった。

 そしてそのオークは俺達を獲物をみる目ではなく、闘争心と興味にあふれた目で、俺と他の冒険者を愉快そうにみつめる。その目は、まるで好敵手を探しているかのような目でだ。

 まわりのオークたちがざわざわしているのも気になる。仲間が増えたというのにあまり嬉しくないのだ。むしろ迷惑がっているようなそんな感じである。



『この中で一番強い奴は誰だ!! 俺と勝負をしろ!!』




 黒いオークがほえると周りのオークたちは、ざわぁっと騒いで即座に距離をとった。いや、かっこいいこと言ってるんだけど、俺達人間にはお前の言葉は通じないんだよ……

 それでも好機と見たのか、一人の冒険者が切りかかるが、その剣はオークに受け流され、返した刃によって胴を切り裂かれて血を噴き出して、倒れた。あれは助からないだろう。さっきの冒険者はCランク。普通のオークにあんなあっさりと倒されるようなことはないはずなのだが……なんだあいつは? というかあのオーク強い……魔物にもギフト持ちがいると聞く。もしかしたらあいつがそうなのか。

 俺が困惑しているとオークと目があってしまう。そしてオークは俺をみてにやりと笑うとこちらに向かって駆け出してきた。



『動きでわかった。この中で一番強いのはお前だなぁぁ!!』

「ライム!!」

『わかっているよ!!』


 俺に斬りかかろうした瞬間に放たれたライムの触手によってオークの攻撃が一瞬遅れ、そのおかげで俺はかろうじで、斬撃を受け止めることに成功した。だがこいつ……下手したらイアソンより強い!? 俺はしびれた手をみながら驚愕する。



「なんて力と速さだよ、こいつは!!」

『俺の攻撃を受け止めた!? やるな、お前!! それにスライムを従えているのか!! 面白いぞ貴様』

「左に逃げて!!」『右に逃げて!!』



 舌なめずりをするオークを前に俺が死を覚悟していると、背後から声が聞こえた。馬車の時と同じ二重の声だ。

 俺はとっさにかけられた声に従った。なぜだろう、信用してもいいと思ったんだ。俺が一瞬前までいた場所にオークの斬撃が通過していった。あの場所にいたり、左に逃げていたら俺は死んでいただろう。だがそれは一時しのぎにすぎない。体勢を立て直す余裕もなく俺はオークの次なる一撃に……襲われることはなかった。ガキィンという金属と金属の当たる音が洞窟に響き渡る。

 驚いた俺の目の前に広がる光景は、炎よりも真っ赤な髪の毛がきれいに舞っていて、赤い髪の持ち主である少女がオークの攻撃を受け止めている姿だった。それはまるで英雄譚にでてくる英雄をみているかのような光景だった。



「やっぱりあなたには私の予言が正しく聞こえているのね……、大丈夫かしら。私の救世主メシア」

「ありがとう……って、救世主メシア?」



 彼女は俺が無事だと知ると本当に嬉しそうに微笑んだ。俺を助けてくれた少女は、一緒に馬車に乗っていた少女である。その顔は馬車であった時とは全然違う表情をしている。その顔は本当に嬉しそうで……命を助けてもらったのは俺の方だというのに、まるで俺に人生を救ってもらった。そんな不思議な表情だった。

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