第28話 アレクの怒り

「てめぇら!俺のミリアになにやってんだっ!!」


 俺は無意識にそう叫んでいた。


 レイストの街の外れにある資材置場。

 かがり火の灯りがぼんやりと照らすそこに、ミリアはいた。

 男たちに押し倒され、夜空の下にその透き通るような肌を晒している。

 首には首輪がつけられており、地面に打ち立てられた杭から離れられないようになっているのだろう。


 不意にミリアと目が合う。

 その顔はやつれ、頬には涙が伝っていた。


 その顔を見た瞬間、俺の中で何かが切れた。

 止めどなく溢れてくる怒り。

 だが、一方で心は非常に静かだった。

 もしかしたら、【斬魂】を使う際に心を落ち着けるという所作が、精神制御に活かされているのかもしれない。


「なんだお前は?

 ああ、そうか。お前がゲイリューダが言っていたターゲットの男か!」


 ミリアの周りにいた男の一人が言った。

 ターゲットというのはどういう意味かわからないが、少なくとも俺がこの場に現れるということを知っていたような雰囲気だ。


「お前をサクッと殺して、さっさと続きだ」


「おい、こいつは俺が殺す」


 男たちの奥。

 積まれた木材の上に座っていたゲイリューダが、俺に飛びかかろうとしていた男を制した。


「問題ねぇって。こんな雑魚俺一人で十分だ!」


 だが、男はゲイリューダの制止を無視すると、腰に差した剣を抜き、正面から俺に向かって突っ込んできた。


 俺に対人経験はない。

 木刀を使っての模擬戦くらいならあるが、真剣での戦いはこれが初めてだった。


 対人戦における壁。

 それは生きた人間を斬ることができるかどうか。

 いくら技量で勝っていたとしても、相手を斬ることのできない者に勝利はない。

 人を斬るというのは、魔物相手に剣を振り下ろすのとは訳が違う。

 同族同士の命のやり取り。

 それは慣れようと思って慣れることのできるものではないし、慣れていいようなものでもない。


 冒険者になってから今日まで、人を斬るための覚悟などしたことがない。

 そしてこれからもそんな予定はないはずだった。

 だが、大切なものを傷つけられた衝撃は、覚悟なんてものをするまでもなく、俺の身体を動かす。


 俺は正面から剣を振り下ろしてくる男をしっかりと見据えた。

 そして力任せな斬り下ろしを丁寧にいなすと、返す剣でその首を刎ねた。


 何が起こったのかまだ理解できていないのだろう。

 間の抜けた顔をした男の首が鮮血を撒き散らしながら宙を舞い、そして俺の足元へごとりと落ちた。

 遅れるようにして、首を失った胴体が血飛沫を上げながらその場に崩れ落ちる。


 一瞬の出来事に、静寂が周囲を覆った。

 かがり火のパチパチという音だけが耳に届く。


「こ、この野郎っ!!」


 少ししてようやく我に返ったのだろう。

 残っていた男の内の一人が俺へと斬りかかってきた。

 先程のようなふざけた大振りの一撃ではない。

 俺の実力を認めた上での、隙のない攻撃だ。


 俺はその剣を正面から受け止めた。

 わずかに身体が沈む。

 だが、ホブゴブリンほどの力はない。

 受け止めた剣を弾き上げると、隙だらけの胴を一閃する。


 そしてすかさず前方へと飛び込んだ。

 それと同時に、ブンと背後で風を斬る音がした。


 後ろに回り込んでいた別の男が、俺の背中を斬りつけようとしたのだ。

 俺は油断なく剣を構え直す。


 そして飛来した投げナイフを構えた剣で弾いた。


「なっ!?」


 未だにミリアの側にいた、四人目の男が驚愕の声を漏らす。

 完璧な不意打ちだ。

 まさか、防がれるとは思っていなかったのだろう。


「生憎こっちは前に飛道具で痛い目に遭ってるもんでね」


 俺は真剣による対人戦をしたことはない。

 だが、何年もヒト型の魔物、ゴブリンと真剣勝負をしてきたのだ。

 その経験は確かに俺の中で血となり肉となり活きている。


 次はこちらの番だと、俺は背中を斬りつけようとした男に斬りかかった。

 男は距離をとろうと後退するが、そうはさせない。

 俺は男が退くよりも早く剣を振り続けた。

 離脱するような隙など、与えてやるものか。

 そして、俺の連撃を受ける中に生まれた一瞬の隙を見逃しはしない。

 重心の浮いた瞬間を狙って男の足を払う。

 そしてバランスを崩し倒れた男の胸を剣で貫いた。


 俺はすぐに剣を抜くと、四人目の男を見据えた。


「ひいいいっ……」


 鬼気迫る俺の雰囲気に圧されたのか、男はまだ距離があるというのに後退る。


「な、なあゲイリューダ。あいつはヤバイッ! 俺の手には負えねぇよ!」


 男はゲイリューダに縋った。


(不味いな。ゲイリューダ一人相手でもしんどそうなのに、もう一人を相手にする余裕はないぞ)


 頬に冷や汗が伝う。

 襲われているミリアを見て、思わず飛び込んでしまったが、多人数、それも格上が含まれている相手に無策で突っ込みすぎた。

 三人は上手く一対一に持ち込んで倒すことができたが、果たしてゲイリューダと投げナイフの男相手に、一対二でどこまで戦えるか。


 勝ち筋を探し、思考を加速させる。

 だが、俺の心配は杞憂で終わった。


 ズンッ


 突然ゲイリューダが大斧を振り下ろしたのだ。

 投げナイフの男に向かって。


「な……んで……」


 馬鹿げた力によって、男は縦に斬り裂かれると、二つに割れた身体は地面に倒れ、物言わぬ肉塊へと変わった。


「仲間じゃなかったのか?」


「仲間だぁ? こんな雑魚どもが俺の仲間な訳がねぇだろ。

 ダンジョン潜るために、仕方なく組んでただけだ。

 今回だって、もしお前が他の仲間を連れてきたら、そのときはそいつらの相手をしろって話だったのに、勝手なことして勝手に死んでんだ。

 力もねぇ。頭もねぇ。そんな奴らが俺の仲間だと? 反吐が出るぜ」


 吐き捨てるようにゲイリューダが言った。

 仮にも一緒にダンジョンへと潜った相手を殺しておいて、その事に一切の動揺がない。

 つまりこいつは、そういう奴ということなのだろう。


「さて、ようやく獲物がやってきたんだ。

 すぐにやっちまうんじゃもったいねぇからな。

 精々楽しませてくれよ」


 大斧を右手で肩に担ぎ上げるゲイリューダ。

 そのままゆっくりとアレクの方へ歩いてくる。


 近づいてくるゲイリューダを見て、アレクは後退りそうになる足を踏ん張って耐えた。

 やはり大きい。

 一歩近づく度に、威圧感が増していく。

 体格の差というのは、それだけで大きな武器となりうる。

 リーチの長さや膂力の違い。

 能力が近しい者であればあるほど、それが致命的な差になりうる。

 もちろんその程度のことなどものともしない、エイラのような化け物もいるが、残念ながらアレクはその域にはいない。


 それに加え、アレクの天恵である【斬魂】は、対人で使うにはあまりに制約が大きい。

 となると素の力だけで闘わなくてはならないわけだが、相手はあのゲイリューダだ。

【戦士】の天恵で強化された膂力はエイラとの闘いで見ているし、アレク自身、ゲイリューダの素の力だけで一度吹き飛ばされているため、その力に疑う余地はない。

 果たしてどこまでアレクの力が通用するか。

 倒せないまでも、せめてミリアを連れて逃げるだけの時間は稼ぎたい。


「一つ聞いていいか?」


 目の前で足を止めたゲイリューダに声をかける。


「なんだ?」


「どうしてミリアを捕えたりしたんだ?」


「なんだ、んなことか。そりゃお前をここに誘い出すためだよ」


 ゲイリューダが俺を誘い出す理由。

 そこに思い当たることはない。

 だが、今は俺のことなど二の次だ。


「……それだけか?」


「ああ、そうだよ」


「じゃあなんでミリアはこんなにボロボロなんだよ!」


「お前が来るまで暇だったからな。ちょっとゲームをしてたんだよ。

 こいつ、いい声で鳴くからなぁ。まあまあ面白かったぜ」


 嫌らしい笑みを浮かべるゲイリューダ。

 これは挑発されているのだろう。

 冷静な自分はそれをわかっている。

 だが、そんなものではこの怒りで満たされた身体を抑えることはできなかった。


 俺は無造作に構えた剣を上段に構える。

 それはあまりに無防備で、ゲイリューダがその気なら、とっくに斬り伏せられていただろう。

 しかし、そんなことはどうでも良かった。


 頭上に構えた剣に、俺は全ての怒りを乗せる。

 ゲイリューダを頭の先から切り裂くつもりで、力任せに腕を振り下ろした。


 こんな攻撃が通ることはない。

 受けられるか、流されるか、躱されるか。

 いずれかの方法で無効化されるだろう。

 そして予想通り、ゲイリューダはその大斧で俺の渾身の斬り下ろしを受け止めて見せた。


 ギンという、金属がぶつかる鈍い音が資材置場に響く。

 少しくらいは押し込めるかと思ったが、剣を握る手には岩を叩いたような衝撃が来ただけで、大斧を動かした感触はなかった。


「おいおい、どうした?

 まさか、そんな大振りな攻撃で俺を殺せると思った訳じゃないよなぁ?」


 余裕の表情。

 俺はそれを睨み返しながら叫んだ。


「ぶっ殺してやるっ!!」

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