第27話 悪意に晒される少女

「きひいいいいいっ!!」


 夜のレイストにミリアの悲鳴が響く。


「おら、降参するか?」


「うぅ……、しません……」


「なら次は俺の番だな」


「があああああああっ!!」


「があああっ、だってよ!

 可愛い顔して汚ねぇ声だぜ!」


 ミリアを囲むようにして立っている男たちから、嘲笑の声が降り注いでくる。

 悔しさと情けなさで一杯になるが、それを怒りに変えるだけの気力はもう残っていなかった。


 幾度も繰り返される電撃。

 その一発一発が、悲鳴無しには耐えられないような代物だ。

 一晩くらいなら耐えられると、高を括っていたミリアだったが、蓄積する疲労とダメージは想定を大きく越えていた。


 焦げた臭いが鼻を突く。

 それは間違いなくミリアの肉が焼けた臭いだった。


 初め、男たちは離れたところから電撃魔法を放っていた。

 だが、ミリアがなかなか音を上げないのを見ると、それぞれ攻め方に工夫を凝らし始めた。


 一人はミリアの剥き出しの脚に《雷撃の杖》を押し当てると、そのまま電撃を放った。

 離れたところから浴びせられるのとは異なり、貫くような灼熱感が脚を襲った。

 杖を押し当てられていた部分は電撃の熱にやられ、皮膚が焼けてしまっていた。

 フレイムウルフの熱量と比べると、純粋な熱さは《雷撃の杖》の方がまだましだろう。

 だが、表面を焼くようなフレイムウルフの熱とは異なり、電撃はミリアの芯まで貫く。

 身体の内側から壊されるような、そんな恐怖が襲いかかる。


 一人は長時間の電撃を浴びせてきた。

 何度も電撃を食らっているうちにわかったことだが、どうやら《雷撃の杖》の電撃は、威力と持続時間が反比例するらしい。

 従って、長時間の電撃というのは威力としてはあまり高くない。

 だが、男はミリアが苦痛に感じるギリギリのラインを見極め攻めてきた。

 一瞬で終わる電撃は、苦痛こそ大きいがすぐに終わるため、耐えることについて考える必要はない。

 だが、長時間にわたる電撃は肉体のダメージも当然ながら、精神的苦痛が大きかった。


 一人は反対に、超短時間の電撃攻めをしてきた。

 一瞬。瞬きをするよりも短い時間だけ浴びせられる電撃。

 それは《雷撃の杖》の威力を最大限に引き出す使い方だ。

 電撃を受けたその一瞬で息が止まり、頭の中が白く塗りつぶされる。

 死を意識させられたのは、間違いなくこの超短時間攻めだろう。


 そして最後の一人は、ミリアに屈辱を味わわせることに重点を置いていた。

 例えば、ミリアに醜い悲鳴を上げさせようと、喉元めがけて電撃を放ってきた。

 思わず獣のような、野太い声を発してしまい、それを聞いた男たちは大爆笑していた。

 それだけではない。

 下腹部に電撃を食らったときは、失禁という醜態を晒すことになった。

 水溜まりの中に倒れる自身の姿を想像すると、あまりの屈辱に心が折れそうだった。


 四人の男たちによる電撃攻め。

 その一方で、ゲイリューダはその輪から離れたところで一人座っていた。

 初めにミリアへと電撃を放って以降、ゲイリューダが攻めに加わることはなかった。

 攻めが始まってしばらくは嫌らしい目で見てきていたが、時間が経つにつれ次第にミリアへの興味を失っていっているようだった。

 どこか焦っているような、そんな様子で視線だけをミリアへと向けていた。


 そういえば、ゲイリューダはこう言っていた。

「強い奴に従ってる俺は動物で、鎖に繋がれてぎゃんぎゃん吠えてるお前は人間だってか?」


 ゲイリューダほどの実力者が大人しく従うような相手とは一体誰なのだろうか。

 そもそも、なぜミリアは捕えられているのだろう。

 ここで目覚める前、最後の記憶。

 確か短剣を買いに街へと繰り出し、路地裏をあてもなく歩いていたら仮面の男、セオロと出会ったのだ。

 怪しい風貌だが、人当たりのいい彼に相談にのってもらって。

 それで――。


「うあああああああああっ!!」


「余所見とはずいぶん余裕だな?

 まだ自分が動物だと認めるつもりは無さそうだな」


「ふぅ……、ふぅ……、当たり前、です。

 こんなこと、いくらやったって、私は負けません!」


 それは虚勢だった。

 もう既にミリアの心は折れかかっていた。

 きっと、レイストに来る以前のミリアならとっくにプライドを捨てて、動物に成り下がっていただろう。


 だが、そんな張りぼての心でも、ミリアは折るわけにはいかなかった。

 胸を張ってアレクの隣に立つ。

 その事だけが、この地獄のような攻めの中でミリアを支えていた。


「ふん、気の強い女だ。

 なあ、ゲイリューダ。

 こいつ思った以上にしぶといぜ。

 こんな玩具じゃ、いつまでたったってゲームが終わらねぇよ。

 もう手ぇ出してもいいよな?」


「ああ? ……ふん、勝手にしろ。だが、絶対に殺すなよ」


 どうでも良さそうに答えるゲイリューダ。

 だが、男たちはそんなゲイリューダの態度など気にもならないのだろう。

 嬉々とした様子でミリアへと手を伸ばしてきた。


「いい声だして鳴きやがるから、我慢の限界だったんだよな」


「俺もだ」


 ああ、やはりこうなったかとミリアは諦めにも近い感想を抱いていた。

 所詮、暇潰しのためのゲームだ。

 飽きたらルールなど簡単に破棄してしまう程度のものでしかなかったのだ。


 手を出す、というのはつまりそういうことだろう。

 例えこの身を汚されようとも、ミリアは折れるつもりはない。

 だが、果たしてそんな汚れた人間がアレクの隣に相応しいだろうか。

 ……いや、この考えはよそう。

 心が折れてしまう。


 ミリアは心を押し殺した。

 ダンジョンへと行く予定はなかったため、今日は革装備をしていなかった。

 胸元から力任せにシャツを破られる。

 すると雪のように白い素肌が、かがり火の元に晒された。

 少女と大人の間にいる若々しい色気に、男たちは唾を飲み込む。


 折角一歩前に進めそうだったのに。

 アレクと話をして、そしてまた一緒に楽しくダンジョン攻略をできると思ったのに。

 どうしてこんな……。


 頬に一筋の水が伝う。

 激しい電撃攻めでも流れなかった涙。


 それが己の身を汚される瞬間に、ついに溢れだした。


(やっぱり私、アレクさんのことが好きなんだな……)


 アレクにだけ捧げたかったミリアの女の部分。

 それをこれから汚されてしまう。

 心を押し殺そうとしても、溢れる気持ちは止められなかった。


(汚れた私でも受け入れてくれるかな……)


 きっと、優しいアレクなら汚れたミリアでも受け入れてくれるだろう。

 だが、その優しさはミリアにとってとても辛いものになるだろうと容易に想像できた。


 せめて醜悪な男たちをその瞳に映すまいと、ぎゅっと目蓋を閉じる。

 どうかアレクがここに来ませんように。


 ミリアの最後の願いは、しかし届くことはなかった。


「てめぇら!俺のミリアになにやってんだっ!!」


 今だけはその声を聞きたくなかった。

 来てほしくないと心の底から願っていた。

 それがアレクのためだから。


 だというのに、どうしてだろう。

 聞きたくなかったその声は、ミリアの心を温かいもので満たしていった。

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