第26話 不平等なゲーム

「……ゲーム、ですか?」


「ああそうだ。ちょうどこの前、ダンジョンで面白い魔道具を手に入れてなぁ」


 そう言うとゲイリューダは、男の一人から棒状のものを受け取った。

 長さはミリアの短剣と同じくらいだろうか。

 先端には黄色の魔石がはめ込まれており、かがり火の灯りをきらりと反射している。


「これは《雷撃の杖》っつう魔道具でな、電撃魔法を放てる代物だ。

 ある程度の連射もきく優れもので、それなりにいいものなんだが、威力に難があってな。

 普通の魔物相手ならともかく、ボスクラスの魔物相手だと、一瞬動きを止めるのがやっとだ。

 余所なら使えるかもしれんが、ここじゃあなんの役にも立たねぇ」


 ゲイリューダは気味の悪い笑みを浮かべながら、右手に持った《雷撃の杖》を左手で撫でた。


「ボス相手には役立たずなこの魔道具だが、それでも対人ならそれなりに効果があるんだよ」


 ゲイリューダが《雷撃の杖》をミリアに向けた。

 嫌な予感がする。

 だが、鎖で身動きを制限されているミリアに、それをかわすことはできなかった。


「きゃああああああっ!!」


 目の前が白くなり、刺すような激痛が全身を襲う。

 遅れてようやく、ミリアに向かって電撃魔法が放たれたのだと理解した。


 ゲイリューダはすぐに《雷撃の杖》を下げたため、実際に電撃を浴びた時間は数瞬程度だろう。

 だが、ミリアに恐怖を刻むにはそのわずかな時間だけで十分だった。


「はあっ……、はあっ……」


 たったの一撃。

 それもゲイリューダ曰く、レイストのダンジョンでは役立たずの魔道具の攻撃だ。

 その前にミリアは膝を突き、荒い呼吸をすることしかできなかった。


 しかし、それも当然だろう。

 ダンジョンのボスというのは、その階層における最高戦力だ。

 例えば、第一階層のホブゴブリン。

 レイストではダンジョンの仕様上、最弱の魔物であるが、その実力は他のダンジョンの第一階層のボスに引けを取らない。


 以前、アレクから天恵無しでも一人でホブゴブリンを倒せるという話を聞いた。

 だがそれは当然ながら、一撃で倒せるという意味ではない。

 通常のゴブリン程度なら一撃で葬れる斬撃を幾度も浴びせることで、ようやく倒せるという意味だ。

 もし仮にミリアがアレクの一太刀を正面から受けようものなら、致命傷になるのは間違いないだろう。

 レイスト最弱の魔物ですら、それだけの耐久力を備えているのだ。

 その魔物の足を一瞬とはいえ止めることのできる電撃の威力は、人に使っていいようなものではない。


「どうだ、なかなか痺れるだろう?」


 ゲイリューダは崩れ落ちたミリアを見下ろしながら、その口端を上げた。

 口ぶりからして、ゲイリューダは既に人間相手にこの電撃を使ったことがあるのだろう。

 どのような状況で使用したのかはわからない。

 だが、チラリと垣間見えたゲイリューダの残虐性にミリアは戦慄した。


「ルールは簡単だ。

 これからお前の相方が来るまでの間、これでお前に電撃を放つ。

 耐えきったらお前の勝ち、途中で降参したらお前の負けだ。

 ……そうだな、降参したくなったらその場で四つん這いになって、豚の真似でもしながら自分は卑しい畜生だと宣言してもらおうか」


「なっ!そんなことするわけないじゃないですか!

 だいたいこんなの勝負、勝ったところで私になんの利もありません」


 ゲイリューダはゲームだと言ったが、こんな一方的ルールを受け入れるわけがない。


「ふん、これは俺が暇潰しにやるだけのゲームだ。

 お前の利なんざ知ったことか。

 お前はただ、電撃を受けてればいいんだよ!」


《雷撃の杖》の先端につけられた魔石が光る。

 次の瞬間、再びミリアの身体を激しい電撃が襲った。


「ああああああああっ!!」


 全身を駆け巡る激痛に、張り裂けんばかりの声を上げる。

 身体がミリアの意思を放れて、魚のように反り返る。

 その目は見開かれ、明滅する光に視界が染まった。

 またすぐに電撃は止んだが、たったの二発食らっただけで、ミリアは痺れた身体をすぐに動かすことができなくなっていた。


「どうだ?豚の真似をする気になったか?」


「はあっ……、だ、誰がそんなことするもんですかっ!」


 息も絶え絶えな中、それでもミリアは力強い瞳をゲイリューダへと向けた。


「そりゃあ楽しみだなぁ。

 自分は人間だと言い張るお前が、一体何発電撃を浴びたら動物に成り下がるのか」


 下卑た笑みを向けてくるゲイリューダ。

 そんな相手の前に倒れ伏し、見上げることしかできない現状に、思わず唇を噛み締める。


「おい、お前ら。

 これから一発ずつ順番に電撃を浴びせてやれ。

 こいつに豚の真似をさせることができた奴は、こいつのことを好きにしていいぞ。

 ああ、もちろん殺すのは無しだ。

 大切なエサだからな」


「よっしゃ!」


「こんな上物久しぶりだぜ!」


 ゲイリューダの言葉に沸き立つ男たち。

 これから自身に降りかかるであろう悪夢を想像する一方で、ミリアはもう一つ別のことを考えていた。


 ゲイリューダはミリアのことを、アレクを誘い出すためのエサだと言った。

 そして現れたアレクを殺すとも。

 どのようにしてアレクをここまで誘い出すのかはわからない。

 だが、もし本当にアレクが来てしまったら、それはすなわちアレクの死を意味するだろう。


 ミリアが敵わないように、アレクもまたゲイリューダに勝つことはできない。

 まだ短い間ではあるが、共にダンジョンを攻略していく中で、アレクの実力はおおよそ把握していた。

 実践に裏打ちされた、堅実な剣さばき。

 身のこなしもベテランのそれと比較しても遜色ないだろう。


 だがその程度である。

 ゲイリューダは精神こそ歪んでいるが、その肉体は冒険者として間違いなく一流だ。

 素の状態でアレクと同格以上であろうゲイリューダ。

 そんな相手が【戦士】の天恵を使用しようものなら、アレクに勝ち目はないだろう。


 ミリアの予想通りならば、朝になれば街開発のためにこの資材置場に人が来るはずだ。

 そうなればゲイリューダもこの場を離れざるをえないだろう。

 その時ミリアがどうなっているかはわからない。

 だが、アレクが殺されることだけは防げるはずだ。


(アレクさん……)


 ミリアはどうかアレクがこの場に現れないようにと願った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る