第25話 捕らわれたミリア

「んっ……」


「ようやくお目覚めか、ミリアさんよぉ」


 粘つくような不快な男の声に、ミリアの意識は瞬時に覚醒した。

 さっと声の主へと顔を向けると、そこには今レイストで最も会いたくない男、ゲイリューダの姿があった。


「……ゲイリューダ」


「俺の名前を知っているたあ、光栄だな」


 状況がまるで掴めない。

 どうして自分がここにいるのか。

 なぜ目の前にゲイリューダがいるのか。


 ミリアはゲイリューダから意識を外さないよう注意しながら身体を起こし、チラリと周囲の様子を伺った。


 どうやら屋外にいるらしい。

 辺りは既に暗く、頭上には星空が広がっている。

 点々と置かれたかがり火が、ゲイリューダの影を濃く染めだしていた。

 周りには木材や石材などが大量に積まれている。

 自分がどれくらい意識を手放していたかわからないが、空腹感などから考えるに何日も経ったということはない。

 となると、ここはまだレイストのはずであり、積まれた資材から察するに、おそらく開発途中の街外れだろう。


 ゲイリューダに気を取られてすぐには気がつかなかったが、周囲には他にも四人の男の姿があった。

 面識はないが、冒険者ギルドで見かけたことのある顔もある。

 ゲイリューダの冒険者仲間といったところか。


 ミリアは最大限の警戒をしつつ、立ち上がろうとしたところで、ようやく己の身に違和感を抱いた。


「っ!これは……」


 そっと首元に手を添える。

 するとそこには、金属でできた首枷がはまっていた。

 冷たいそれは首の後ろから鎖が伸びており、ミリアのすぐ近くに打ち込まれていた鉄杭に固定されていた。


「残念だが、お前はエサなんだよ」


 ゲイリューダが下卑た笑みを浮かべる。


「私がエサ……?」


「そうだとも。お前の相方をここに誘きだして、ぶっ殺すためのなぁ!」


「相方って……。まさかアレクさんを!?」


 どうしてゲイリューダがアレクの命を狙うのか。

 ミリア同様、アレクも先日の酒場での一件以外、ゲイリューダとの面識はないはずだ。

 まさかあのいざこざで目をつけられたのか。

 だが、命を狙われるほど、アレクとゲイリューダの間に接触があっただろうか。


「そんなに考えたって意味なんかねぇよ。

 俺はただ、お前の相方を殺すよう依頼を受けただけだからな」


 ゲイリューダの思いもよらぬ発言に、ミリアは目を見開いた。


「殺害の依頼だなんて……。

 あなたは人の命をなんだと思っているんですか!」


 どうしてアレクに殺害の依頼が出ているのかはわからない。

 もしかしたらアレクの過去に、殺したいと思われるほど恨まれるような出来事があったのかもしれない。


 アレクのことを全て知っているとは、とてもではないが言えない。

 過去のことならば尚更だ。

 ミリアが知らないだけで、本当に命を狙われるような恨みを買っているのかもしれない。


 人間生きていれば、誰かを恨み、恨まれるようなことくらいあるだろう。

 誰しもが互いを理解できると理想を抱くほど、ミリアも子供ではない。

 相手を憎悪する気持ちが、殺したいと思えるほど膨れ上がることもあるのかもしれない。


 だがそれはあくまで当事者同士の話だ。

 そこに他者が関与するべきではない。

 他者という異物が介入することで、善意であれ悪意であれ、その純粋な感情の形が歪められてしまうことになる。

 歪められた感情は、当事者の意図しない形にその姿を変え、時として予期しない出来事を招くのだ。


 アレクの殺害。

 ミリアとしては到底受け入れられるものではないし、許容するつもりもない。

 しかしそれはあくまでミリア個人の思いであり、普遍的な理ではない。

 そこに正義があるのか、真の意味でミリアに判断することはできないし、するべきではないのかもしれない。


 ただ、そこに当事者ではない、外部の者が介入するとなれば話は別だ。

 歪められた殺意がアレクに向けられているのだとしたら、その感情がアレクに届くということを看過するわけにはいかない。

 ミリアの知っているアレクは、そんな不純な感情にさらされていいような人ではないのだから。


「あなただって冒険者でしょう!

 そんな依頼を受けるだなんて、あなたに冒険者のプライドはないんですか!」


 冒険者とは、その身一つで危険を冒し、夢を追い求める者のことだ。

 無限の富。

 比類なき力。

 溢れる名声。

 人によって、夢の形は様々だ。

 その夢へとたどり着くために、魔物を倒し、財宝を探す。

 野蛮な奴らだと思われることも少なくない。

 実際、素行の悪い冒険者がいるのも事実だ。

 だが、そんな冒険者にもプライドはあるとミリアは信じている。

 危険を冒しはしても、罪を犯し、尊厳を侵すことはない。

 荒くれ者だと指を差されようとも、曲げられないものがあるはずなのだ。


 ミリアはゲイリューダを睨み付けた。

 だが、そんなミリアを馬鹿にするように、ゲイリューダは鼻を鳴らした。


「ふん。プライドねぇ。

 そんなもんがいったいなんの役に立つんだ?

 所詮この世界は強い奴が偉いんだよ。

 弱い奴が何を吠えても、強い奴に敵う訳じゃねぇ。

 権力だろうが武力だろうが、持たない奴は持つ奴に従う。

 逆らったところで、自分の首を締めるだけだからな。

 ガキでもわかる、簡単な道理だろう?」


「そんなことありません!

 それじゃあ、動物と変わらないじゃないですか!

 私たちは人間です。

 本能ではなく、考えて動く能力が備わっています。

 確かに、強い人に逆らうということはとても勇気のいることでしょう。

 ですが、そこで自分を曲げて、相手の言いなりになって、そんな人生にいったいどれだけの価値があるというのですか。

 本能が恐れたとしても、理性で立ち向かう。

 それができるのが人間のはずです」


 突然、ゲイリューダが大斧を地面に叩きつけた。

 大地を揺らし、土煙を巻き上げるほどの威力。

 改めて感じたゲイリューダの力の前にミリアは思わず竦みそうになるが、それをグッとこらえると睨む瞳に力を入れた。


「……随分好き勝手言ってくれるじゃねぇか。

 じゃあなんだ?

 強い奴に従ってる俺は動物で、鎖に繋がれてぎゃんぎゃん吠えてるお前は人間だってか?」


「私はそうありたいと思っています」


 鋭い視線がぶつかる。

 今のミリアでは、逆立ちしてもゲイリューダには勝てないだろう。

 反抗したところで、なんの意味もないのかもしれない。

 むしろ、アレクを殺すという目的を刺激してしまったかもしれない。


 馬鹿な振る舞いだということはわかっている。

 きっと、この世界を生きていくためには、ゲイリューダのような考えが正しいのだろう。


 だがそれでも、ここでアレクが死ぬ未来を受け入れてしまっては、二度とアレクの隣に立つことはできないだろう。


 ひりつくような空気が二人の間に流れる。


「なあ、ゲイリューダ。

 こいつはターゲットを誘い出すためのエサなんだよな?

 だから殺すことはできない」


 男の一人が軽薄そうに口を開いた。


「あ゛ん!?

 だったらどうした!?」


 仲間であろう男に、苛立ちを隠そうともしないゲイリューダ。


「なら殺さなければ、あとは何をしてもいいってことだろう?

 ただ獲物を待つってのも暇だしな。

 どうだ、この女が本当に動物じゃないか確かめてみるってのは?」


 怒気をまとっていたゲイリューダだったが、男の話を聞くと一変、口元を嫌らしく歪めた。


「そりゃあいい。よう、ミリア。

 アレクを待つ間、俺たちとゲームをしようぜ」

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