第22話 ミリアの行方

 俺はリューシュと別れたあと、ミリアに会うために、ミリアの泊まっている宿屋を訪れた。

 しかし、宿屋の店主に確認したところ、ミリアは外出中とのことだった。


 昨日は気まずかったのもあり、ミリアの予定を聞いていなかった。

 買い物にでも出かけたのだろうか。


 どうしても今日でなくてはならない用事ではないが、それでも俺は一刻も早くミリアに会いたかった。

 気持ち的には走り回ってでもミリアを探しに行きたいところだが、この広いレイストで闇雲に一人の人間を探すというのは無謀というものだろう。

 仕方がないので、俺は宿屋の一階部分で営業している食事処で時間を潰すことにした。


 まだ日のあるうちに、それもこれからミリアと話をしようとしているときに酒を飲むわけにはいかないので、適当に摘まめそうな料理を三品ほど頼む。

 俺は二人用のテーブルに着くと、この後の事を考えた。


 ミリアに会ったら、まずは謝ろう。

 俺は【斬魂】を使って魔物を倒せるということに興奮して、ダンジョン攻略を急ぎすぎていた。

 ミリアと<はぐれ鳥の巣>を結成したというのに、命を預け合う存在である仲間の事を知るという事を蔑ろにしてしまっていた。

 そのせいで、無意識にとはいえ、ミリアを信頼するということができていない部分が出てしまった。

 そしてそれはきっと、ミリアも同じだろう。

 ミリアも俺に対して遠慮している部分があるように思う。

 何かを口にしようとして、結局誤魔化していたという場面を何度か見た記憶がある。


 別に、仲間だからといって、なんでもかんでも思ったことを全て話す必要はない。

 だが、言いたいことすら言えないような関係は、信頼とはほど遠いだろう。


 俺たちはそれぞれ、ソロ冒険者として活動してきた。

 だから、パーティーを組むということに関して言えば、俺たちはまだまだ初心者だ。

 共有しておくべき情報。

 決めておくべきルール。

 そういったものが、まだまだ不足していることだろう。


 手探りであっても、それらを一つずつ埋めていくことで、俺たちは本当のパーティー、<はぐれ鳥の巣>の仲間になれるのだと思う。


 料理を摘まみながらミリアを待つことしばらく。

 次第に日も傾き始め、客の数も増え始めた。


 このまま何も頼まずに居座るのは少々居心地が悪かったので、追加で数品注文し、少し早めの夕食にする。


 そういえば、レイストに来てミリアと共にダンジョンへと潜り始めてから、ほとんど毎日夕食は二人で食べていた気がする。

 そう意識すると、一人でテーブルに向かうこの時間が、なんとも寂しく感じてしまう。


 ソロで活動していたときは、一人で飯を食べることだって珍しくなかった。

 それが少しの間ミリアとテーブルを囲んだだけで、こんなにも感傷的な気分になるとは。


 自分が人恋しく思う性分だということを初めて知ると同時に、改めてミリアの存在の大切さを実感する。

 もう既に俺にとってミリアは、冒険者としてだけではない、一人の人として大切な存在だと認識してしまっているのだろう。

 さすがにそんなことは、恥ずかしくて本人には伝えられないが。


 ダンジョン帰りだろう冒険者たちの賑やかな声が大きくなってきた。

 うっすらと漂ってくる酒類の香りに気を引かれそうになるが、ぐっと我慢する。


 気を紛らわせようと、頬杖をつきながらボーっと他のテーブルを眺める。

 これまで特段意識したことはなかったが、ああやって騒いでいる連中も、パーティーとして仲間を信頼しているのだろう。


 俺が見落としていた、仲間を信頼するという冒険者としての当たり前を、みんな当然のように持っている。


 レイストに来て、自分の天恵で魔物を倒せるようになって、俺は勘違いをしてしまった。

 どこまでも強くなれると思い上がっていた。


 だが実際は、まだスタートラインにすら立てていなかったのだ。

 人間、一人でできることには限度がある。

 俺が憧れたガリスや、圧倒的な実力を誇るエイラですらソロでは活動していない。

 それは己の限界を、あるいはできないことをしっかり認識しているからだろう。

 だからこそ信頼する仲間とパーティーを組み、協力してダンジョンへと潜っている。


 格上の冒険者ですら行っていることを蔑ろにして、俺が真の意味で強くなることなどできるはずもない。

 今日これからミリアと話し合い、互いの実力を確かめ合って、少しずつ信頼できる仲間へとなっていく。

 それでようやく、俺たちは他の冒険者の背中を追いかけ始めることができるのだ。


 食べ終わってしまわぬよう、いつもよりゆっくりとしたペースで料理を味わっていく。

 すると、入店してきたローブを纏った人物が俺の向かいの席に座った。


「すまないが、連れを待っているんだ。

 他の席を探してくれないか」


 二人がけのテーブルだ。

 相席してしまうと、もしミリアが来たときに困ってしまう。

 相手には悪いが、他の席を探してもらいたい。


 しかし、アレクの声は聞こえているはずなのに、ローブの人物が席を立つことはなかった。


(なんだ、こいつは?

 シルエットからして男だとは思うが。

 知り合い、ではないよな。

 ……いや、待てよ。

 この魂はどこかで見たような……)


「あなたの仲間はここへは来ませんよ」


 もう少しで男の正体を思い出せそうというところで、その思考が遮られた。


「仲間っていうのは、ミリアのことか? 何が言いたいんだ?」


「彼女は今、街の南の外れにある、資材置場に捕えられています」


「なっ!? どういうことだ!!」


 ミリアが捕えられているだと。

 いったい何が起こっているんだ。


「捕えているのはゲイリューダ。タイムリミットは日付が変わるまで。

 制限時間を過ぎるとミリアはゲイリューダに殺されてしまうでしょう」


「おいおい、ちょっと待て。

 なんでお前はそんなことまで知っているんだ。

 どうしてそれを俺に教えた?」


 この男はいったい何を考えているのか。

 ローブの影になっているその顔には仮面がつけられており、赤い口元が笑うだけで、男の表情をうかがうことはできない。


 俺がいぶかしんでいると、突然男がテーブルの上に置かれていた俺の手に触れた。

 薄気味悪さを感じた俺は、すぐさまその手を払いのける。

 だが、その行為は遅すぎたようだった。

 ふと男の触れた手の甲を見ると、そこには歪なヒトの頭蓋骨のような模様が浮かび上がっていた。


「それはこのイベントに参加するためのチケットのようなものです。

 ゲイリューダを殺せば、その印は自然と消えますので安心してください」


「殺せだと!? 今の話のどこに安心できるような要素があった!?」


「まあまあ。これで私の話はお仕舞いです。

 今の話を信じるも信じないもあなた次第ですよ」


 おどけたような声でそれだけ言うと、ローブの男は席を立ち、宿屋から出ていってしまった。


「いったいなんだったんだ……」


 あまりに突然の出来事で、理解が追いつかない。


(ミリアが捕えられている?

 それに、日付が変わる頃には殺されるだって?

 何がどうなってるんだ……)


 しかも捕えているのは、あのゲイリューダだという。

 この前の一件を根に持っているのだろうか。

 他にゲイリューダとの接点はないと思うので、それくらいしか理由が思いつかない。


 普通に考えれば、当然現れた男の荒唐無稽な話など信じないだろう。

 だが、俺はどうにも嫌な予感がした。

 このままでは、何か取り返しのつかないことになってしまう。


 根拠のない不安が、胸の内を渦巻く。

 このままここで待っているべきだと思う一方で、一刻も早くミリアを助けにいかなければと思う自分がいる。


「あああっ、くそっ!」


 あの男が何を考えているのかはわからない。

 だが、ミリアの身に危険が迫っている可能性があるのに、このままここでじっとしていることなどできなかった。

 もし質の悪い冗談ならそれでもいい。

 踊らされた俺が笑われるだけだ。

 だが、もしかしたら。

 もし本当にミリアが捕えられていて、殺されようとしているとしたら。

 そんなことさせるわけにはいかない。


 俺は急いで代金を払うと、夜のレイストへと駆け出した。

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