第21話 リューシュのお悩み相談
リューシュの案内でやってきたのは、大通りから路地裏に少し入ったところにある店だった。
街の喧騒もほとんど聞こえず、小綺麗な店構えも相まって落ち着いた印象を受ける。
「このお店、私の行きつけなんですよ」
リューシュに続いて店に入る。
静かな店内には、おおよそ冒険者には見えない、商家の婦人やお忍びの貴族といった風貌の女性客がそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
「……俺、場違いじゃないか?」
アレクがよく行く安酒場のような賑やかさが一切ない。
誰も騒いでいないし、喧嘩もしていない。
静に雑談をしたり、純粋にお茶を楽しんだりしているように見える。
そんな場所に、荒くれ者な冒険者の俺が入ってもいいのだろうか。
「そんなことないですよ」
リューシュはクスッと、いつもの事務的な笑みより少し柔らかい表情を浮かべた。
窓際の席に座ると、店員に飲み物だけ頼む。
お茶の種類などアレクにはさっぱりだったので、注文はリューシュに任せた。
この静かな空間で口を開くことに躊躇してしまい、一方のリューシュも何も言わないので沈黙だけが二人の間を流れた。
幸いにも注文したお茶はすぐに来たので、俺は気まずさを誤魔化すようにカップへと口をつけた。
「美味い……!」
「でしょう。私、このお店の雰囲気とお茶が大好きなんです。
職場はいつも賑やかですから、時々こういう場所で過ごしたくなるんです」
「なるほどな」
俺は苦笑いするしかなかった。
リューシュの職場が賑やかな原因に、思い当たることがそれなりにある。
「別にギルドの雰囲気は嫌いじゃないですよ。
私も元々そちら側の人間ですし」
「やっぱり、リューシュも元冒険者なのか?」
「はい。こう見えてもそれなりに強かったんですよ。
でも、私エルフですから。
ヒトだった他のパーティーメンバーたちは年齢が理由で引退してしまって、私も色々思うところがあって他のパーティーに入る気にもなれなくて。
それで、ギルドから受付の仕事を斡旋してもらったんです」
エルフは長寿の種族だ。
その寿命はざっとヒトの十倍はあるだろう。
そうなると、多種族と冒険者活動をするとどうしてもそういう事態に直面してしまう。
「それにしても、エルフはすごいな。
見た目は俺と同じくらいに見えるのに、実際は年寄……」
「何か言いましたか?」
「……いや、なんでもない」
今一瞬、自分の死相が見えた気がする。
やはり、冒険者ギルドの受付は俺の手に負えるような存在ではなさそうだ。
俺は不意にかいた冷や汗を拭った。
「そ、そう言えば、どうしてお茶なんか誘ってくれたんだ?
リューシュとはギルドで話しはするが、とくに交流があったわけでもない気がするが」
「それはまあ……、職業病ですかね。
冒険者の活動のお手伝いをするのが私たちの仕事なので。
困っている冒険者を見かけると放っておけないんですよ」
「困ってる? 俺が?」
「はい。何か悩みごとがありますよね。
私で良かったら、相談に乗りますよ」
……顔に出ていたのだろうか。
だとしたら、弱みを晒していたようで少し気恥ずかしい。
だが、これはいい機会なのかもしれない。
レイストという新天地に来て、悩みごとを相談できるような相手はいなかった。
幸い相手は元冒険者の先輩にして、冒険者ギルドの受付だ。
相談相手としてこれ以上の適任はいないだろう。
まっすぐに見据えてくるリューシュのことを見て心を決める。
俺はお茶で口を湿らせると、ゆっくりと口を開いた。
「……強くなれたと思っていたんだ」
「それはどういう……?」
言い方が抽象的すぎたか。
リューシュの顔に疑問符が浮かんでいる。
「俺、固有天恵持ちなんだが、使い勝手が悪くてな。
前にいたダンジョンではろくに使うことができなかったんだ」
「固有天恵、ですか。
確かに固有天恵は強力な反面、使用に際して制約が強いものもありますからね」
「でもレイストに来てミリアと出会って、初めて魔物相手に自分の天恵を使うことができたんだ。
攻略も順調に進んで、少しは強くなれたと思っていた」
ボス部屋が連続するというレイストのダンジョンの構造。
相手の動きを完全に拘束するミリアの固有天恵である【縛鎖】。
この二つのお陰で、俺の【斬魂】は初めて魔物相手に活躍することができた。
「けど、第四階層のボス、フレイムウルフを攻略するときに、ミリアが怪我をしたんだ。
幸い怪我自体は持参したポーションで治るくらいのものだったんだが、今までソロで活動してきた俺にとって仲間が怪我をするっていうのがなかなかに衝撃的でな……」
「それは誰かとパーティーを組む以上、避けては通れない道かもしれませんね。
私も、仲間が傷つくところを何度も見てきましたが、結局パーティーを解散するまで慣れることはありませんでしたし」
「だから俺はミリアを守れるような冒険者になろうって思ったんだ。
もちろん俺だって、一朝一夕で強くなれるなんて思っちゃいない。
でもそう決心した直後に色々あってな。
他の冒険者に絡まれたミリアを助けようとして返り討ちにあったり、ボスを引き付けようとして失敗してミリアに助けられたり。
現実の自分が、あまりにも理想とかけはなれていて。
こんなんじゃ俺がミリアを守れるようになるまでに、いったいどれだけミリアが傷つくことになるか。
そう考えると苦しくて仕方ないんだ……」
静に俺の話を聞いていたリューシュは自分のカップに口をつけると、その翠の瞳を俺に向けた。
「アレクさんにとって、ミリアさんはどういう存在ですか?」
その質問にはどういう意図があるのか。
気になるが、わざわざ相談にのってもらっているのだ。
ここは素直に答えるべきだろう。
「ミリアは大切な仲間だ。
ミリアのお陰で俺は天恵を使えるようになった。
……それに一緒にいて楽しいからな」
ミリアと<はぐれ鳥の巣>を結成できたことは、天恵の相性を考えれば僥倖と言えるだろう。
だが、それだけではない。
普段のやり取りや、ボスを攻略した後のハイタッチ。
酒を飲んで勝利を祝い、酔い潰れてからかわれる。
ミリアとのそんな何気ない時間が、俺はどうやら気に入っているようだ。
「では、アレクさんにとって、仲間とは何ですか?」
「仲間? ……同じ志をもって、信頼し協力し合える関係、とか?」
仲間がどんなものかなんて考えたこともなかった。
だがそれでも、どうにか俺のイメージする仲間という形を表現してみる。
俺の場合、それほど強いこだわりがあるわけではないが、それでも天恵を活かしてダンジョンを攻略するということに関してだけは譲れないものがある。
そのためにわざわざ遠くはなれたこのレイストの地までやってきたのだ。
そこを尊重してくれる相手ならば、俺にとって望ましい存在だろう。
まあ、天恵に固執しすぎて足元を掬われては元も子もないので、妥協できないというほどではないが。
それに信頼し合える関係というものにも少し憧れがある。
ワーズのダンジョンにいた頃、何度かガリスのパーティー、<覇者の導>が戦っているところを見たことがある。
互いの癖や実力を把握した立ち回りは見事と言う他なく、時には言葉すらなくてもメンバーのカバーをしていた。
あれが冒険者パーティーの理想なのだろう。
俺とミリアはまだ出会って間もないということもあるが、ガリスたちほど息の合った立ち回りはできない。
いつかはとは思うが、果たして俺たちはあの高みまでたどり着けるのだろうか。
「アレクさんはミリアさんを信頼していますか?」
「もちろんだ」
あの穏やかな魂の持ち主が誰かを裏切ることなどあり得ない。
それは実際に接して、ミリアの人となりを知ってからも変わることはなかった。
「ではどうして、ミリアさんを守ろうとするのですか?
先程の話を聞く限り、アレクさんはミリアさんを守るということに些か固執しているように感じましたが」
「それはさっきも言ったが、ミリアが傷つく姿を見たくないからだ。
別に、守ることと仲間であることは相反するものではないだろう」
「それはもちろんです。
仲間を守ることは正しいことだと思います。
ですが、ミリアさんはアレクさんに一方的に守られるほど弱い人なんですか?」
「それは……」
「ミリアさんもレイストに来る以前は、アレクさんと同じようにソロで冒険者活動をしていたんですよね?
命を落とすことなくダンジョンに潜ってきたミリアさんが、アレクさんに一方的に守られるような弱い人だと私は思いません」
「……ミリアが弱い奴だとは思ってない。
俺だって胸を張って強いと言えるほどの実力はないかもしれないが、それでもミリアよりは強い。
強い者が弱い者を守るのは道理だろう」
「本当にアレクさんはミリアさんより強いんですか?」
「そりゃあ……」
「一度でも手合わせをしたことがありますか?」
リューシュの問いに、俺ははっとした。
確かに手合わせをしたことはない。
それによく考えると、ボスを攻略する際は、いつもアレクが前に出て引き付けていたので、ミリアが正面から魔物と闘っている姿も見たことがないかもしれない。
ミリアの穏やかな魂と、華奢な見た目。
それらの情報から、俺は無意識のうちにミリアを俺より弱いと決めつけていたとしたら……。
「……俺ってミリアより弱いのか?」
思わずこぼれた呟きは、思いの外深く心に突き刺さった。
「少し意地悪でしたね。
私の目から見て、アレクさんの方がミリアさんより強いというのは間違いではないと思います。
ですが、それほど実力に差があるとも思いません。
ミリアさんを守れるように強くなろうとすることが間違いだとは言いません。
ですが、その前にもう少しミリアさんのことを知ってみてはいかがですか。
そうしたら、アレクさんの悩みも少しは解消するかもしれませんよ」
穏やかな声でリューシュが言った。
ミリアのことを知る。
俺はいったい、ミリアのことをどれだけ知っているのだろう。
パーティーを組んで、命を掛け合う関係になったというのに、相手の実力すら把握していない。
果たして、それで本当に俺はミリアを信頼できていたのだろうか。
勝手にミリアの実力を決めつけて、勝手に守ろうなんて思い上がって。
本当はミリアの力を信じていなかっただけなのでは。
「……前に<紅翼の女神>のミーシャに、『その程度の力で誰かを守ろうなんておこがましい』って言われたことがあるんだ。
俺は、俺が弱いから言われたんだと思ってた。
もちろんその意味も含んでいたんだろうが、それだけじゃなくて、ミリアの実力をしっかり見定めて、ミリアのことを信頼しろっていう意味もあったのかもしれない」
「そうかもしれませんね。
……まあ、ミーシャさんはパーティーメンバー以外にはドライな方ですから、そこまで考えていたかわかりませんけど」
俺は焦りすぎていたのかもしれない。
俺が強くなることも当然大切だろう。
だが、それよりもまずやらなければいけないことが見つかった。
ふと気がつくと、心のなかに巣くっていた重い感情が少し楽になっていた。
今すぐミリアに会いたい。
会ってミリアのことをもっと知りたい。
「リューシュ、相談に乗ってくれてありがとう!
急で悪いが、行かなきゃいけないところができた」
「そうですか。ミリアさんにもよろしくお伝えくださいね」
「ああ」
子供を見守るようなその優しい視線は、やはり歩んできた人生の長さが違うからだろう。
見た目は俺たちとそれほど変わらない年齢に見えるが、実際には孫と子ほど離れているのかもしれない。
(リューシュが婆ちゃんか……)
「アレクさん」
リューシュの声に俺はビクッとする。
先程までと変わらない微笑みを浮かべているというのに、どういうわけか冷や汗が止まらない。
(心が読めるのか?)
どうやらリューシュの前では、年齢について考えるだけでもタブーらしい。
「そ、それじゃあ。今回の礼はまた今度ということで」
俺はお茶の料金をテーブルに置くと、逃げるように店を後にした。
早くミリアに会いたい。
はやる気持ちを抑えながら、ミリアの泊まる宿屋へと向かう。
だがその日、ミリアが宿屋に姿を現すことはなかった。
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