第17話 誰かを守る

「こんなところで奇遇ね。私たちもよくここを利用するのよ。

 安くて、おいしくて、いっぱい食べられる。こんないい店はなかなかないわ」


 店内のひりついた空気など、まったく気がついていないかのように、朗らかな声でミリアに話しかけるエイラ。

 いや、事実気がついていないのだろう。

 俺たちにとって絶望的なこの状況も、エイラにとっては雑談に花を咲かせられる程度のものでしかない。


「そういえばアレクはあんなところでどうしたの。

 まさか酔いつぶれちゃった?お酒に飲まれるなんて、まだまだ子供ね」


 やれやれといった風に、エイラは肩をすくめた。

 なぎ倒されたテーブルや、ひび割れた壁を見て、どうして酔いつぶれたと判断できるのか。

 化け物の考えることは理解できない。


「それにそっちの彼はミリアの仲間じゃないわよね。

 ミリア達って、二人パーティーだったはずだし。

 それにどこかで見たことあるような……。うーん」


 素なのだろう。

 一生懸命思い出そうと頭を抱える姿は、微笑ましくあるのだが、一方でゲイリューダを煽るには十分だった。


「俺を覚えてないだと……!?」


「いや、違うのよ。ちょーーっと思い出せないだけで。

 見たことはある気がするもの。えーっと、うーんと。

 ……ミーシャ、誰だっけ?」


 ついぞ自分で思い出すのを諦めて、ミーシャに尋ねる始末。

 その行為がゲイリューダにとって、どれだけ屈辱的なことか本当にわかっていないのだろうか。


「……この前、エイラに決闘を挑んで手も足も出なかった雑魚」


 面倒くさそうに答えるミーシャ。

 そして、やはり仲間なのだろう。

 あまりに辛辣なその一言は、傍から見ている俺の方がヒヤリとした。


「なっ、雑魚、だと……!?」


「ああ、思い出した。あの時の【戦士】の人か!

 どおりでどこかで見たことがあると思った。あー、すっきり」


 怒りで震えるゲイリューダのことなど目に入っていないのであろうエイラは、呑気に微笑んでいる。


「それでどうしてあの時の【戦士】が、ミリアと一緒にいるの?

 はっ!まさか引き抜き!?」


「ああそうだよ!お前らには関係のない話だ」


「痛っ……」


 ゲイリューダは力任せにミリアの腕を引くと、エイラの横を通り過ぎようとする。

 エイラたちに突っかかったところで、敵わないということはわかっているのだろう。

 あれだけ侮辱されてなお、彼我の実力を推し量るだけの理性は残っているらしい。


 だが、ゲイリューダの歩みはそこで止まった。

 エイラがその前に立ちふさがったのだ。


「どいてくれねえか」


「それは無理な相談ね。

 引き抜きと聞いて引き下がるわけにはいかないわ。

 だって、ミリアに先に目を付けたのは私たちだもの」


 エイラの言葉を聞いたゲイリューダは目を見開いた。


「この女が?あんたらに勧誘されているってのか?」


「ええ、そうよ。

 本当はあっちのアレクも一緒に勧誘するつもりだったんだけど、ね」


 さっと首をひねったゲイリューダは、驚きを隠しきれない様子で、未だ倒れているアレクを見やった。


「あの雑魚を勧誘、だと?」


「まあ、ミーシャが男は駄目っていうから、勧誘しているのはミリアだけなんだけどね。

 ミリアがウチのパーティーに入ってくれたら、ダンジョン攻略がはかどること間違いなし。

 まあ、断られているんだけど」


 グイっと首を戻したゲイリューダは、信じられないものでも見るように、未だ腕をつかんだままのミリアへと視線を向けた。


「というわけで、あなたがミリアを勧誘するというなら、私たちも黙ってみているわけにはいかないの」


 その瞬間、ゲイリューダの姿が膨れ上がったように見えた。

 緊張が走る。

 相変わらずエイラは笑みを湛えて、平和そうな顔をしているが、横に立つミーシャはゲイリューダの雰囲気が変わったのを感じたのだろう。

 自身の剣に手を添えるのが見えた。


 まさに一触即発。

 この場にいた誰もが双方の衝突を予感した。


 だが、そうはならなかった。


「……ふん」


 ゲイリューダは乱暴にミリアの腕を解放すると、そのまま店を後にしたのだ。


 しばしの間、時が止まったように静まり返っていた店内だったが、次第に喧騒が戻り始めた。


 ゲイリューダから解放され、茫然としていたミリアも、ふと思い出したように、俺の下へと駆け寄る。


「アレクさん、大丈夫ですか!?」


「……っ。ああ、なんとか、な。ミリアも大丈夫か?」


「私はなんともありません」


「そうか、よかった。

 ……すまない。助けられなかった」


 それは懺悔の言葉。

 仲間として、男として。

 ミリアに向けられる顔がなかった。


「そんな、気にしないでください」


 そういってミリアは励ましてくれるが、今はその心遣いが痛かった。


「アレク大丈夫?酔っぱらっちゃったのかしら?」


 ミリアの後をついてきたのだろう。

 エイラが心配したような顔で覗き込んでくる。


「……ああ、そんなところだ」


「お酒はおいしいけど、溺れちゃだめよ。

 皆に迷惑かけることになるんだから」


「まったく、その通りだな」


「エイラ、あっちでレイラたちが席をとってる」


「ほんとだ。じゃあね、二人とも」


 そういってエイラは仲間のところへと去っていった。

 だが、一緒にいたミーシャはなかなかその場を動かなかった。


 不審に思ったアレクが顔を上げると、そこには冷え切った目をしたミーシャの顔があった。


「その程度の力で誰かを守ろうなんておこがましい」


 それだけ吐き捨てると、ミーシャはエイラたちの方へ歩いて行ってしまった。

 あまりに屈辱的な言葉。

 だが、俺は何も言い返すことができなかった。

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