第16話 酒場での遭遇
「フレイムウルフ討伐を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
ガツンと木製のジョッキを鳴らす。
すでに行きつけとなっている安酒場で祝勝会を上げるのも、これで四回目だ。
ついこの前までは、ボスどころかゴブリン相手に死にかけていたというのに、レイストに来てから変わったものだ。
「それにしても、もう第四階層ですか。
少し前の自分からは想像もできないです」
「俺もそう思うよ」
賑やかな店内では、あちこちから冒険者たちの騒がしい声が聞こえてくる。
みんなダンジョン帰りなのだろう。
祝勝会、あるいは反省会か。
テーブルを囲む理由はそれぞれだが、一人もかけることなく、パーティーメンバーで顔を突き合わせることができる現状があるからこその光景だ。
俺はあおったジョッキを置くと、ミリアへと視線を向けた。
「だが、今回の攻略は少し危なかった。
火属性魔法の対策は行ったが、ミリアが怪我をしてしまった以上、不十分だったといわざるを得ない」
「ダンジョンでも言いましたが、あれくらいの怪我なら大丈夫ですよ」
「ミリアの心意気は嬉しいが、その行為を認めるわけにはいかない。
今回はポーションで治る程度の怪我で済んだが、攻略を進めていけば、いずれ触れることすらままならない相手と戦うこともあるだろう。
そうなったら、心意気だけではどうにもならない」
「それは……」
俺たちの基本戦法は、ミリアの【縛鎖】で相手の動きを止め、俺の【斬魂】でとどめを刺すというものだ。
どちらか一方が通用しなくなった途端、この戦法は破綻してしまう。
ミリアがより効率的に【縛鎖】使えるようになるか、あるいは俺がミリアを守るか。
今はまだどうにかなっているが、いずれ対策を考えなければならない問題だ。
「まあ、いつか強敵に出会ったときにすぐ対応できるように、頭の片隅にでも留めておいてくれって話だ。
俺も考えるが、【縛鎖】はミリアの天恵だ。
ミリアにしか思いつけないこともあるだろう」
「そうですね。
確かに、全身が燃えているような魔物がいたら、さすがに触れないですもんね」
俺の【斬魂】やミリアの【縛鎖】は強力な天恵である反面、発動させるための条件が非常にシビアだ。
はまれば必勝だが、そこに持っていくまでが難しい。
これから先、新たなボスと相まみえる度に、何かしら工夫をしていく必要があるだろう。
だがそれは、決して嫌なものでも辛いことでもない。
ゴブリン相手に天恵を使う余地もなかったあの頃に比べれば、可能性があるだけはるかにましだ。
頭で考え、体を動かし、天恵で道を切り開く。
その姿は、これまで俺が思い描いていた、冒険者の姿に他ならないのだから。
◇
ささやかな宴会も、やがて終わりを迎える。
酒のせいか、はたまた周囲の賑やかな雰囲気のせいか。
まだまだミリアとの楽しい時を過ごしていたいという思いはあるが、明日もダンジョンに潜るのだ。
いつまでもこうしているわけにもいくまい。
「そろそろ帰るか。
明日もギルドで第五階層の情報を集めてから、ダンジョン攻略だ」
「そうですね。明日も頑張りましょう!」
そういってミリアが立ち上がろうとした時だった。
ガタッ
引いた椅子が、ちょうど後ろを通りかかった人に当たってしまったのだ。
「すみません!……っ!」
慌てて謝りながら振り向いたミリアは、そこにいた人物をみて言葉を失った。
「あ゛あっ!何してくれてんだ、てめえ!」
椅子をぶつけられた男が、ミリアを怒鳴りつける。
スキンヘッドに筋骨隆々とした肉体の大男。
どこかで見たことあるような風貌の男に俺はしばしの逡巡をし、それが先日ダンジョン前で行われていた決闘で<紅翼の女神>のリーダーであるエイラに惨敗していた冒険者であることに気がついた。
「なんだぁ!お前も安酒なんか飲んでる俺を馬鹿にしてるのかぁ!」
「い、いえ、そんなことは」
男の顔はすっかり赤くなっている。
大分酔いが回っているようだ。
冒険者なんていう荒くれ者どもが集まる酒場では、酔っぱらった奴が騒ぎを起こす程度のことは日常茶飯事だ。
他の席で飲食している冒険者たちも、とくにこちらを気にしている様子はない。
「あん?よくみりゃあ、かわいい顔してるじゃあねえか。
まだまだ青臭いガキだが、一晩使ってやるくらいなら楽しめそうだな」
「えっ……」
怒りを露わにしていた男は一転、下卑た笑みを浮かべるとその手をミリアへと伸ばした。
しかし、その手をミリアに触れさせることだけは許すわけにいかない。
俺は二人の間に割り込むようにして、伸ばされた男の腕を掴んだ。
「悪いがこいつは俺の連れなんだ。
椅子をぶつけたことは謝るが、手を出すのは勘弁してくんねえか」
俺とて、酒場で起きた冒険者のケンカなど、普段なら気にもしないだろう。
あっても酒のつまみとして、見学するだけだ。
だが、その中心にいるのが、自分の仲間となれば話は変わる。
本を正せば、不注意で椅子をぶつけてしまったミリアに非があるのかもしれない。
しかし、だからといって、みすみすミリアに手を出そうとしているのを見逃すわけにはいかない。
「どうだ、酒を一杯奢ってやるから、それで手打ちに……」
ドゴォォォン
店内に衝撃音が響き渡った。
(はっ?いったい何が……?)
先ほどまで男の前にいたはずの俺は、いつの間にか酒場の壁に背を預けるようにして倒れていた。
「ぐぅ……!」
思い出したかのように、壁に打ち付けられた背中から鈍い痛みが広がる。
そこでようやく何が起こったのか、事態に思考が追い付いた。
俺は男が腕を振り切った勢いで、酒場の壁まで吹き飛ばされたのだ。
大の男を吹き飛ばすだけの腕力。
この男のことを侮っていたわけではない。
エイラと決闘をしていた姿を見て、この男が自分よりも強いということは分かっていた。
油断はしていない。
だというのに、踏ん張って耐えることすらできなかった。
その事実に、思わず戦慄する。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって。
このゲイリューダ様が、こんな雑魚にまで絡まれるだと!?
くそっ。それもこれも全部、あのエイラとかいう女のせいだ。
あのクソ女と決闘して以来、みんな俺を馬鹿にしたような目で見てきやがる」
ゲイリューダの口から漏れた本音。
エイラを自分のものにしようとした、というあまりに自業自得な理由のせいで、同情する余地はない。
だが、その気持ちは理解できないでもない。
俺も底辺冒険者として、冷たい目を向けられることは何度もあった。
弱いくせにいつまでも冒険者にしがみついている、惨めな奴。
もしかしたら、他の冒険者から見た俺の姿は、そんなものだったのかもしれない。
そして、その認識は間違っていない。
俺自身、天恵すら扱えない自分に思うところがあったのだから。
だが、ゲイリューダは違う。
エイラという、本物の化け物にこそ敗れたが、その実力は確かなものだ。
周りから不当な評価を受ければ、腹も立つだろう。
「おい女ぁ! 今の俺は最高に気分が悪い。覚悟しておけよ」
再び伸ばされた手は、遮られることなくミリアの腕をつかむと、そのまま店を連れ出そうとする。
「や、やめてくださいっ! アレクさん!」
必死にもがくミリアだが、ゲイリューダの腕を振りほどくには、あまりにも非力だった。
そして、それは俺も同じだ。
助けを求めるミリアの下へ、今すぐにでも駆け付けたいというのに、打ち付けられた体は言うことを聞いてくれない。
遠ざかっていくミリアの姿が、かすんだ視界に映る。
ミリアを助けなければ。
でも、いったいどうやって。
体は言うことを聞きかない。
仮に動いたとして、ゲイリューダからミリアを奪い取れるのか。
また、吹き飛ばされて終わりなのでは。
暗い思考が、ぐるぐると脳内を巡る。
店内にいる他の冒険者たちは、さすがに事態は把握しているようだが、それだけだ。
助けに動き出そうとする素振りは見られない。
赤の他人であるミリアを助けることと、ゲイリューダと敵対することを天秤にかけ、保身に走ったのだろう。
その考えは、冒険者としては正しい。
冒険者にとって体は大切な資本だ。
明日も生きていくために、無用な争いを避けるというのはいかにも冒険者らしいといえるだろう。
だがそれでも。
どうかミリアを助けてくれないか。
今の無力な自分では、ミリアを助けることはできない。
都合のいい願いだということは分かっている。
そして、その願いの本質がミリアを思ってのことではなく、自分のためだということも。
ミリアと出会って、俺はようやく惨めな存在から一歩を踏み出せたのだ。
ミリアがいたから、こうして冒険者でいられる。
ミリアを奪わないでくれ。
誰でもいい。
誰か、ミリアを。
ミリアを助けてくれ!
「あら、ミリアじゃない!」
矮小なその願いが届いたのか。
視界に紅の髪が揺れた。
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