第13話 エイラからの接触

「第三階層の突破。攻略は順調なようですね」


 冒険者ギルドの受付に座り、事務的な笑みを浮かべながらエルフ族の受付、リューシュは言った。


「まあな。ミリアとパーティーを組めたおかげだ。

 ソロのままじゃ、こうはいかなかっただろうさ」


「ミリアさんはどうですか?」


「私もアレクさんとパーティーを組めてよかったです。

 アレクさんと一緒だと、自分の力を最大限発揮できている気がして、その感覚が嬉しいんです」


 柔らかな笑みをこぼしながら話すミリア。

 相変わらず事務的な笑みを張り付けてはいるが、それでもリューシュはそんなミリアのことを、どこか温かな視線で見つめていた。


「それは、それは。

 <はぐれ鳥の巣>の結成が、お二人の冒険者活動により良い影響を与えているようでなによりです。

 お二人は問題ないようですが、異性同士のパーティーは何かともめやすいので。

 これからメンバーを増やすようでしたら、冒険者としての実力はもちろんですが、人としての相性も疎かにしないことが、パーティーの長続きする秘訣ですよ」


 俺も痴情のもつれや方向性の違いが原因で解散したパーティーをいくつか見たことがある。

 せっかく実力のある冒険者同士で集まっても、その力を発揮できないのでは意味がない。


(それにしても、新しい仲間か)


 どこまでも二人だけで攻略を続けていくというのは、やはり無理なのだろう。

 いくらアレクとミリアの天恵の相性がいいとはいえ、万能ではないということをすでに身をもって経験している。

 いつか新しい仲間を迎えるときは、リューシュの言う通り、実力だけでなく俺たちとの相性もしっかり確認することにしよう。


「さて、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「第四階層のボスについて教えてくれ」


 今日、俺たちが冒険者ギルドを訪れた目的は、第四階層攻略にあたって、ボスの情報を収集するためだ。

 冒険者ギルドでは、冒険者に対してダンジョン攻略で得た情報の提供を呼び掛けている。

 これは義務ではないが、それでも多くの冒険者は何かしら新しい情報を得た場合は、ギルドへ報告を行っている。

 それは、ギルドで収集した情報が十分に精査されたうえで、すべての冒険者に公表されるからだ。

 次のダンジョン探索をより安全に、より効率的に行うため、冒険者たちは互いの情報を持ち寄っているのである。


「さっそく次の階層の攻略へ行かれるのですね。

 第四階層のボスはフレイムウルフです」


「フレイムウルフというと、レッドウルフの上位種だったか」


 レッドウルフは赤い毛並みをした、狼型の魔物である。

 火属性魔法を放ってくるが、予備動作として体毛が明るく発色するのでそれをみて躱すか、火属性耐性のある装備を身に着けるのがセオリーだ。


「フレイムウルフはレッドウルフよりも大きく俊敏で、より強力な火属性魔法を使用してきます。

 火属性魔法使用時の予備動作はレッドウルフ同様、体毛が明るく変化しますので、それをみて回避するか、耐性のある装備で臨んでください。

 魔法を放つ際はその場で停止しますので、それも目安になるかと思います。

 また、毛皮による耐久も上昇していますので、攻撃は目や口といった急所を狙うことをお勧めします。

 ボス部屋ということで、出現する個体は一体であり、レッドウルフのように群れることはありませんので、落ち着いて対処さえすれば、第三階層まで攻略したお二人なら問題なく討伐可能だと思います」


 火属性魔法の対策については、後で装備を整えるとしよう。

 パーティーメンバーが二人しかいない以上、回避し損ねた際のことを考えると、戦闘からの離脱もままならなくなってしまう。

 毛皮の耐久についてだが、これは俺たちには関係ない。

【斬魂】の前に、物理的な硬さなど、なんの意味もなさないからだ。

 問題があるとすれば、俊敏に動き回るフレイムウルフ相手に、ミリアの【縛鎖】を発動させることができるかという点だ。

 だがこれも、俺がフレイムウルフの注意を引き、火属性魔法を使おうと立ち止まった瞬間を狙えばどうにかなるはずだ。


「ありがとう、参考になった」


「いえ、それが私の仕事ですから。それでは、ご武運を」


 リューシュに礼を言い、受付を離れる。


「それじゃあ、第四階層攻略に向けて、まずは耐火装備を買いに行くか」


「そうですね。

 通りの向こう側にある武器屋さんがレイストで一番大きいそうなので、ひとまずそこを覗いてみましょう」


 今後の予定を話しながらギルドを出ようとしたその時だった。


「ちょっといいかしら?」


 不意に話かけられた声の方を向いた俺は、声の主を見て身を強張らせた。

 そこに立っていたのは<紅翼の女神>のリーダーである、エイラだったのだ。


(どうして<紅翼の女神>が……)


 まさか、道を尋ねたいわけでもあるまい。

 声をかけられた理由は皆目見当がつかないが、無視をするわけにもいかないだろう。


「俺たちになにか用か?」


「ええ、少しね。といっても用事があるのはミリアの方だけど。

 ああ、アレクに用事がないってわけではないのよ。

 私としては二人一緒でもいいんだけど、ミーシャが男は駄目だってうるさくて」


 よくわからないが、ミリアに用事があるということだろうか。

 それにしても、まさかレイストで第一線を走っている<紅翼の女神>のリーダーが、レイストに来たばかりの俺たちの名前を知っていたとは驚きだ。

 まあ、受付での会話を聞いていただけかもしれないが。


「私に何か御用でしょうか?」


 ミリアが少し不安そうに尋ねる。


 ミリアの態度も仕方のないことだろう。

 相手ははるか格上の冒険者。

 しかも知っているのは、大斧使いの大男を圧倒している姿だけだ。

 まさか、とって食うことはないだろうが、俺がミリアの立場でも身構えてしまうだろう。


 エイラはミリアの顔を覗き込むと、「うん!」と大きくうなずいた。


「私たち<紅翼の女神>はミリア、あなたのことをパーティーへ勧誘するわ!」


 ギルドの中で発せられたその言葉は、周囲にいた人の視線を引きつけるには十分だった。


「<紅翼の女神>が引き抜きだと……!?」


 そんな声がどこからともなく聞こえてきた。

 レイスト最強パーティーの勧誘だ。

 同業者なら興味を抱いても不思議ではない。

 だが、俺にはそれを認識するだけの余裕がなかった。


「おい、ちょっと待て。

 ミリアは<はぐれ鳥の巣>のパーティーメンバーだ。

 いきなり勝手なことをいうな」


 俺はミリアを庇うよう、エイラの前に出た。

 突然声をかけてきたと思ったら、ミリアの勧誘だ。

 いくらレイスト最強のパーティーだとしても、その振る舞いはあまりにも非常識だろう。


「それもそうね。パーティーリーダーはアレクかしら?」


「ああ、そうだ」


「ミリアにはウチのパーティーに入ってもらうわ。

 ミリアの脱退を認めてくれないかしら」


「ふざけるな! いきなりそんなこと言われて、認められるわけないだろう!」


 ミリアと出会ってまだ日は浅い。

 だが、俺にとってミリアは既に、かけがえのない仲間だ。

 そう簡単に引き抜きを認めるわけにはいかない。


「それは困ったわね。ミリアはどう?

 ウチに来る気はないかしら?」


 声を荒らげた俺に対して一切の関心を示すことなく、エイラは優しい微笑みをミリアへと向ける。

 俺のことなど、眼中にない。

 そういわれているようでカッとなるが、同時にそれが事実であるということを認めてしまっている自分がいた。


 ダンジョン前で見た大斧使いとの決闘。

 あの時エイラはまったく本気を出していなかったように思う。

 そして、その手を抜いた状態のエイラにすら、自分では手も足も出ないだろうことは想像に難くなかった。


 エイラに対する劣等感。

 相手はレイストトップの冒険者だ。

 劣っていることは当たり前なのだが、今この場において自覚してしまったその感情は、ミリアが引き抜かれてしまうのではないかという不安へと繋がってしまう。


 ミリアが俺と同じように<はぐれ鳥の巣>のことを、大切に思ってくれていることはわかっている。

 パーティーを抜けるはずがない。

 頭では理解しているのに、相手が<紅翼の女神>だと思うと、もしかしたらという考えが脳裏をよぎってしまう。


 抑えきれない動揺から、無意識のうちに視線をミリアへと向けてしまう。

 するとそこには、少し悲しそうに微笑みを浮かべるミリアがいた。

 まるで、俺の心の内を見透かしたようなその表情に、胸が締め付けられた。


 ミリアは俺から視線を逸らすとエイラの方をまっすぐ向き、はっきりとした声で告げた。


「せっかくのお誘いですが、私は<はぐれ鳥の巣>を脱退するつもりはありません」


「どうしても駄目かしら?」


「私の居場所はここですから」


 毅然と告げるミリアの姿は、あまりにも眩しかった。

 ミリアを信じ切れなかった俺の暗い部分とは対照的だ。

 その強すぎる光は、影をより濃いものへと変えていく。


「そう。なら今日のところは帰らせてもらうわ。

 私たちはいつでもミリアのことを歓迎するから」


 それだけ言い残すと、エイラはギルドを出ていった。


 トップパーティーの勧誘というイベントにざわついていたギルド内も、次第にいつもの喧騒へと戻っていく。


「……行きましょうか」


「……あ、ああ」


 ギルドを後にした二人は、どこかぎこちないまま街を歩いていた。

 少し前を歩くミリアを追うようにして足を進める。

 いつもは隣を歩いていた。

 そんな些細な変化が、ジワリと心を黒く染める。


 しばしの間無言で歩いていた二人だったが、ふとミリアがその足を止めて振り向いた。

 俺も立ち止まり、ミリアと向かい合う。


「私はレイストにきてよかったと思っています。

 アレクさんと出会って、自分の天恵に自信を持てるようになりました。

 ダンジョン攻略をこんなに楽しく感じたことは、これまでありません。

 それもこれも、全部アレクさんと出会ったからです。

 だから……、だからもうそんな顔をしないでください」


 ミリアは俺と同じパーティーでいることを望んでくれている。

 それは俺も同じだ。

 ミリアのおかげで、自分の天恵の可能性をあきらめずに済んだ。

 ミリアと一緒だったから、順調にダンジョンを攻略できている。

 全部ミリアのおかげだ。

 だから……。


「ミリア、俺は……」


「さあ、早くいきましょう。

 まずは第四階層攻略に向けて、火属性耐性の装備を買いに行かないと」


 俺の手を引いて、武器屋へと向かうミリア。

 俺はその背中に言葉を続けることができなかった。

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