第14話 ドースト商会

 レイストで一番大きいという武器屋「ドースト商会」は、大通りに店を構えていた。

 立派な外装に嘆息している間にも、何人もの冒険者が出入りをしている。

 利用客が多いということは、ある程度は品質に信頼を置いてもいいということだろう。


 店の中に入ると、武器というある種野蛮なものを扱っているにも関わらず、こぎれいな印象を受ける。

 壁に展示された、目玉商品であろう豪華な装備はもちろんだが、棚に並んでいるアイテムも一目でわかるような綻びは見られない。

 店によっては、格安を謳って欠陥品をつかませるなんて話もよくあることだ。

 どうやらこの店は、粗悪な品を売りつけられる心配はなさそうである。


「そういえばアレクさんは、普段どこで剣を買っているんですか?

【斬魂】を使うたびに壊れているってことは、レイストに来てからも買っているってことですよね?」


「俺の場合、剣は文字通り消耗品だからな。

 ここに来てからは露店で売っている、捨て値の剣を買っているよ。

 どうせすぐ壊れるなら、わざわざ良いものを買う必要もないし、な」


【斬魂】を一回使う度に、剣を一本失う。

 貯えの少ない底辺冒険者としては、それなりに痛い出費だ。

 だが、それは嬉しさの裏返しでもある。

 剣を失うということは、【斬魂】を使用したということで。

 レイストに来るまで満足に使う機会もなかった自分の天恵を、思う存分活かせていると思えば、剣に対する出費もそれほど悪い気はしない。


「それにしても……」


 俺は店の一角にある棚に陳列された、火属性耐性のあるローブを見て、思わずため息を漏らした。

 黒を基調とした布地には、魔石を砕いて溶かした特殊なインクで、魔術刻印が描かれている。

 おそらくこの魔術刻印に、火属性耐性を上昇させる効果があるのだろう。


 俺には魔術刻印に対する知識はあまりない。

 だが、緻密で、大きな魔術刻印ほど、その効果が大きいという話は聞いたことがある。

 目の前のローブの裏地に描かれている魔術刻印は、素人目ではあるが、精巧に刻まれていると思う。

 こうしてレイストに構えた店で火属性耐性のある装備を売っているということは、だ。

 少なくとも第四階層のボスであるフレイムウルフの攻撃程度であれば、問題なく防ぐことができるはずだ。


 これのローブを買えば、フレイムウルフ対策は万全なのだが。


「ちょっと、高いですね……」


 性能相応の値段というべきだろうか。

 ローブの値段は、俺たちにはあまり優しくない価格設定だった。


 これはレイストに限らず、どこのダンジョンでも共通のことだが、俺たちのように毎日次の階層を攻略する冒険者というのは、どちらかといえば少数派だ。

 多くの冒険者は自分と相性のいい階層、言い換えれば稼ぎやすい階層へ繰り返し潜ることが多い。

 そのため、多少高い装備であっても、繰り返し使用することを考えれば、先行投資と割り切ることができる。


 だが、アレクたちは、第四階層で留まるつもりなどない。

 第四階層を攻略したら、すぐに第五階層へと挑戦するつもりだ。

 そうなると、今回このローブを買ったとして、次に使う機会がいったいいつになるのかわからない。


「ミリア、金に余裕はあるか?」


「正直、あまり」


「俺もだ」


 二人は同じパーティーであり、ボスを倒すことで手に入れた収入は、均等になるよう分配している。

 そして二人そろって、ダンジョンから帰った後に、打ち上げと称して派手に飲み明かしているのだ。

 俺に金がないのだから、ミリアにも余裕があるはずもない。


 宵越しの金を持たないというのは、冒険者としては珍しくないし、俺としても気に入っている生き方ではある。

 だが、こうして金欠に直面すると、少し考えさせられてしまう。


「しばらくは、ボス部屋を周回して金を貯めるか」


「そうですね」


 さて、周回をするにあたって、問題はどの階層へ挑戦するかだ。

 アレクたちは現在、第一階層から第三階層までの三階層を攻略している。

 単純に報酬だけ考えれば、最も深層である第三階層を攻略するのが、最も効率がいいだろう。

 ダンジョンでは基本的により深い階層の方が、ドロップするアイテムの質もよくなるからだ。


「でも第三階層は高さがなあ……」


 第三階層のボスであるエルダートレントは、その巨体のせいで魂の位置が非常に高い。

 第三階層を攻略した際は、エルダートレントの枝を足場にして高さを補ったが、そう何回もやりたい手ではない。

 かといって繰り返し攻略する度に、エルダートレントの魂まで届くような長槍を用意するのも手間だ。


「周回は第二階層にしよう」


「第二階層なら、天恵がなくてもどうにかなりそうですしね」


 第二階層なら特別に用意するものもないし、第一階層よりは稼ぎもいい。

 それにミリアが言う通り、天恵がなくても倒せるというのは、周回をするうえで確かな利点である。

 第三階層だと、天恵なしで攻略するのは今のアレクたちでは不可能だ。


 そうと決まれば、話は早い。

 二人はさっそく第二階層の周回を始めた。


 第二階層のボス、ラージコボルトは一撃離脱を基本戦術とする魔物だ。

 自由に動き回られると、ミリアの【縛鎖】を発動させるのが難しくなる。

 なので、初めて攻略した時同様に、まずは俺が先制して攻める。

 そして、ラージコボルトが受けに回った隙に、ミリアが【縛鎖】を発動し、俺の【斬魂】でとどめを刺す。


 二人の天恵には、共に一日二回という使用制限があるため、天恵を消費しきった後は、時間の許す限り、正面から二人がかりで剣を振った。

 流石に天恵を使用するよりは倒すまでに大分時間がかかってしまうが、終始危なげのない戦闘を行うことができたのでよしとしよう。


 第二階層の周回を始めてこつこつとラージコボルトの魔石とドロップ品を売り続けた結果、一週間が経つ頃には二人分の火属性耐性のローブを買うのに十分な金が貯まっていた。

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