第12話 捨て身の作戦

 第三階層のボス部屋へと続く大扉の前に、俺とミリアはいた。

 この扉の向こうには第三階層のボスである、エルダートレントが待ち構えている。


 ギルドで聞いた話では、この第三階層が初心者の関門とされているらしい。

 エルダートレントは枯れた巨木のような見た目をした魔物だ。

 その大きさは見上げるほどであり、第一、第二階層のボスとは比べるまでもない。


 だが、その大きさゆえに初心者の関門といわれているわけではない。

 エルダートレントが関門といわれる理由。

 それは治癒能力を持っているということに起因する。


 エルダートレントは地面に根を張っているため、移動することができない一方で、地中からエネルギーを吸い取り、自己治癒を行うことができるのだ。

 したがって、エルダートレントを倒すには、この治癒速度を上回るスピードでダメージを与え続ける必要がある。

 攻撃手段の乏しい冒険者では、いくらエルダートレントを攻撃しても、それを上回るスピードで治癒されてしまうため、決して倒すことはできない。

 それどころか、長期戦になればなるほど、疲労の溜まる冒険者が不利になってしまう。


 エルダートレントを倒せるだけの火力を出す手段があるかどうか。

 それが初心者の前に立ちはだかる関門の正体だ。


「まあ、俺達には関係ないが」


 俺の【斬魂】は、文字通り一撃必殺。

 自己治癒の有無など、関係ない。

 それに移動できない、地形固定型の魔物はミリアにとっても非常に相性のいい相手だ。

 第二階層のラージコボルトのように動き回らないということは、その分直接触れるのが容易になる。

 つまり、【縛鎖】を発動させやすいのだ。


 大扉を開けると、二人はエルダートレントへ向かって駆け出した。


『ヴォォォォォ』


 低い、風が森の間を抜けるような声を上げながら、エルダートレントは広げた枝を鞭のようにしならせ叩きつけてくる。

 枝の広がりにより線ではなく、面による攻撃となっているため、剣で受けるというのは難しい。

 だが、攻撃自体は非常に大ぶりなため、回避するのは容易かった。


 ミリアは危なげなくエルダートレントの枝を掻い潜ると、懐へと潜りこみ、そっと手を置く。


「【縛鎖】!」


 瞬く間に無数の鎖によってその動きを封じられるエルダートレント。

 相手の大きさに合わせて鎖の本数が増えるのだろう。

 ホブゴブリンやラージコボルトの時と比べて、明らかに鎖が多い。


 そんなことを頭の片隅で考えながら、攻撃の止んだエルダートレントに悠々と近づいた俺は、自身の剣を構えた。

 あとは【斬魂】でエルダートレントの魂を斬るだけだ。

 そう思い、アレクは魔物特有のどす黒い魂を見据え、そして自身の失態にようやく気がついた。


「……ミリア、すまん」


「どうかしましたか?」


「剣が届かない……」


【斬魂】の射程距離は、使用した剣の刃渡りに等しい。


 見上げるような巨木の姿をしたエルダートレント。

 その幹の中ほどより少し上に、魂が見えた。


 あの高さでは、仮に全力でジャンプして斬りつけても刃は届かない。


【斬魂】を発動させることができないまま時間は過ぎ、やがて【縛鎖】の鎖が光となって消えていく。


『ヴォォォォォォ!』


 身動きを封じられていたことが、よほど気に入らなかったのだろう。

 先ほどよりも激しくなった攻撃をどうにか躱しながら、二人は一度エルダートレントから距離をとった。


「すまん、もう少し早く気がつくべきだった」


「エルダートレントの魂はどこにあるんですか?」


「幹の真ん中より少し上くらいのとこだ」


「それは……、確かに普通の剣では届きませんね」


 エルダートレントの巨体を見上げながら、ミリアは呟いた。


 俺とミリアが二人がかりで攻撃をしたところで、エルダートレントの自己治癒速度を上回るだけのダメージを与えることはできないだろう。

 倒すには【斬魂】が必須となる。

 だが肝心の【斬魂】が届かない。

 状況は詰んでいるように思えた。


「どんな刃物でも【斬魂】は発動するんですよね?

 一度戻って、長槍でも用意しますか?」


「それしかないか……」


 おそらく普通の長槍では届かないだろう。

 特別長いものを用意する必要がある。


 攻撃範囲から外れた俺とミリアに対して、エルダートレントは威嚇の声を出していた。


 第一階層、第二階層と順調に攻略できていた分、ここにきて撤退をしなければならないということに思うところがないでもない。

 だが、勝てる見込みのない相手にいつまでも未練がましく挑んだところで、得られるものはない。

 悔しいが、ここは大人しく退こう。


 帰還しようとミリアに声をかけようとした時だった。


「足場でもないと、普通の剣じゃ届きませんし……」


 それは何気ない呟きだった。

 俺に向けたものというより、エルダートレントを攻略するための方法を思考しているうちに、思わず漏れてしまったのだろう。


 だが、俺はそれを聞いて一つの攻略法を閃いた。


「ミリア、それだ!足場を用意すればいいんだ!」


「えっ?でも足場になるようなものなんてないですし、仮にあってもエルダートレントの目の前にそんなものを用意するのは無茶です。すぐに壊されちゃいます」


「それなら壊されない足場を使えばいいだけさ」


 俺はエルダートレントを攻略するための作戦を話した。

 それは作戦というにはあまりにもお粗末なものだが、試すだけの価値はあるはずだ。


「アレクさん、それ本当に大丈夫ですか?」


「まあ、駄目だったら戻って長槍でも用意しよう。それじゃあ、作戦通りに」


「気を付けてくださいね?」


「ああ!」


 俺はエルダートレントへと駆け出した。


『ヴォォォォォォ!』


 ようやく獲物が攻撃範囲に戻ってきたのだ。

 エルダートレントは嬉々としてその枝を横凪に払った。


 これまでと同様に、大ぶりな一撃。

 回避することは容易だ。

 だが俺はその場を動かなかった。

 迫る枝を見据えると、その枝を全身で受け止めたのだ。


「ぐぅっ……!」


 強い衝撃が全身を襲う。

 だが、俺は弾き飛ばされないよう、全身で枝にしがみついた。


 エルダートレントの一撃は、俺を乗せたまま宙へと振り切られる。


『ヴォォォォォォ!』


 自身に纏わりついた獲物を振り落とそうと、がむしゃらに枝を振り回すエルダートレント。

 その力は想像以上で、思わず振り落とされそうになるが、俺も負けじと懸命にしがみつく。


(まだ、まだだっ……!)


 右へ、左へ。

 上へ、下へ。


 枝の動きに合わせて、俺の体も振り回される。

 ゴオッ、ゴオッと風を切る音が耳に響く。

 だが、まだ離すわけにはいかない。


 全身を揺する衝撃に、意識が遠のきそうになる。

 しかし、それでも離さない。


 そしてついに、その時が訪れた。


 しなった枝がエルダートレントの幹に近づく。

 高さは十分にある。

 後はタイミングだけだ。

 三、二、一、今!


「ミリア!」


「【縛鎖】!」


 どこからともなく現れた無数の鎖が、エルダートレントの巨体を縛り付けた。


「ふう……。上手くいったな」


 俺はようやく止まった枝の上に立った。

【縛鎖】によって固定されたエルダートレントの枝は、俺が上に立っても揺らぐ気配すらない。

 正面を向くと、エルダートレントのどす黒い魂が見えた。


 剣が届かないのなら、届くところまでエルダートレントに運んでもらえばいい。

 エルダートレント任せの作戦とも呼べないものだったが、成功してよかった。


 俺は自身の剣を構え、どす黒い魂を見据える。

 研ぎ澄まされていく意識の中には、もうエルダートレントの魂しかない。


 一分。

 それはエルダートレントに終わりの時を告げる。

 白く輝く斬撃に、エルダートレントの魂は斬り裂かれた。


「うおっ!」


 エルダートレントが消滅したことにより足場がなくなり、不意に空中へと放り出されてしまったが、なんとか着地に成功する。


「アレクさん、大丈夫ですか?」


「おう」


「まったく、無茶しすぎですよ」


「悪いな」


 頬を膨らませるミリアに、苦笑が漏れる。

 確かに勝つことはできたが、自身を敵の攻撃に晒すという作戦は、あまり褒められたものではないだろう。

 どんどん強くなるだろうボスを前に、いつまでも通用するものではない。


 だが、反省は後だ。

 今はこの勝利を分かち合いたい。


 俺が右手を掲げると、表情を緩めたミリアはその手を鳴らした。

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