第9話 パーティー名

 朝食を終えた二人は、そのまま宿の食堂で顔を突き合わせていた。


「さてミリア、一つ相談がある」


「なんでしょうか?」


「今回晴れて俺とミリアでパーティーを結成することになったわけだが、それにあたって決めておかなければならないことがある」


「決めておかなければならないこと、ですか?」


 コテンと小首をかしげるミリア。


「ああ。パーティーを組むうえで最も大切なことだ」


「最も大切なこと、ですか。報酬の分配についてですか?」


「それも大切だが、もっと大切なことがある」


「もっと大切なこと……。

 酔っぱらって私を部屋に連れ込まないようにする、とか」


「それはすまないと思っている!

 てか、お前は意識あったんなら、俺が寝た後に帰ればよかっただろうが」


「アレクさんは私に暗い夜道を一人で帰れというんですか。それも裸で」


「脱ぐな!脱ぐんなら自分の部屋に帰ってからにしろ!」


 打ち解けたといえば聞こえはいいが、それと引き換えに、俺の中の何かをゴリゴリ削られている気がする。


「いいか。パーティーにとって最も大切なもの。それはパーティー名だ!」


 冒険者は数名でパーティーを組んで活動をするのが一般的だ。

 ダンジョン攻略において、数というのは強力な武器になる。

 単純な戦力増強はもちろん、索敵の目を増やし、交代で休憩をすることもできる。


 そんなパーティーだが、結成するためにはギルドにパーティー結成を申請する必要がある。

 もちろん、そんなことをせずに、自由に手を組んでダンジョンに潜ることはできる。

 だが、それでもギルドに申請するのは、それ相応のメリットがあるからだ。


 まず一つ目に、報酬の分配について、ギルドに仲介をしてもらうことができる点だ。

 個人で手を組んでダンジョンへ潜った際に問題となるのが、報酬の分配である。

 普通にダンジョンへ潜るだけであればもめることも少ないが、探索で神代の遺物のような、希少なものを入手してしまったときに、人間の本性が現れる。

 自身の分け前を増やそうと、時には共にダンジョンへ潜った仲間を殺してしまう場合もあるほどだ。


 そんな悲劇を防ぐために、ギルドに報酬の分配を仲介してもらうのである。

 パーティー申請をしていない場合、たとえダンジョン内で仲間を殺して報酬を奪ったとしても、パーティーを組んでいたこと自体周囲に認知されていないため、そのまま闇に葬られてしまう可能性が高い。

 だが、ギルドという、冒険者にとって中立の組織を証人とすることによって、そのリスクを抑えることができるのだ。


 そして二つ目に、パーティーの知名度を上げることができる点だ。

 冒険者にはギルドを通して指名依頼が入ることがある。

 指名依頼の内容は依頼主の護衛や魔道具探索など様々だが、その報酬は比較的高価であり、普通にダンジョンへ潜るより効率よく稼ぐことができるのだ。

 だが、指名してもらうには、依頼主に名前と実績を認知していてもらう必要がある。

 個人の活動で、その実績を広めるというのはなかなかに難しい。

 一方で、ギルドにパーティー登録してあれば、ギルドを通して依頼主が冒険者の実績を知ることができるというメリットが生じる。


「何か案はあるか?」


「そうですね……。私たちらしい名前にできればいいんですけど……」


 パーティー名は、そのパーティーの看板だ。

 そのため、そのパーティーの特徴を反映した名前にすることが多い。


 例えばガリスの所属するパーティー<覇者の導>は、ワーズのダンジョンを踏破する者になろう、という目標の下につけられたものだそうだ。

 そんな大層な名前を付けるなんて凄い自信だと思うが、実際にワーズの最前線で探索を行っているのだから、尊敬の念に堪えない。


 ここレイストでも、すでに<紅翼の女神>というパーティーがその名を轟かせている。

 なんでもパーティーリーダーであるエイラという女冒険者が固有天恵を発動するその姿は、紅蓮の翼を広げた女神のように見えるのだという。


「俺たちらしい名前か」


 <覇者の導>のように目標を掲げるでもなく、<紅翼の女神>のようにリーダーを示すでもない。

 自分たちのありのままの姿、願いを込めたい。


 俺もミリアも、その特異な天恵故に、誰ともパーティーを組まず、独りの冒険者として生きてきた。

 仲間を作らないはぐれ者。

 あえて独りを選択する異端者。

 だがそれは、決して望んでいたものではなかった。


 群れからはぐれた鳥のように、仲間を求めてさまよっていた二人は、こうして出会い、パーティーを組むことになった。

 それはただの偶然なのかもしれない。

 それでも、こうして居心地のいい場所をみつけられたという事実は、確かにここにある。


「……<はぐれ鳥の巣>っていうのはどうだ?」


 互いの孤独を、傷を、恐れを受け入れ慰め合う。

 群れに馴染めなかったはぐれ者同士だからこそ、理解し合えることもあるだろう。

 周りに溶け込めなくてもいい。

 どれだけ異質な者になろうとも、この場所だけは全てを受け入れてくれる。

 そんなパーティーでありたい。


「<はぐれ鳥の巣>……」


 ミリアはしばしの間、小さな声で反芻していたようだったが、それは吟味していたというより、心に染み込むそれを大切に受け入れているように見えた。


「確かに私たちらしいですね。

 それでいきましょう。

 今日から私たちは<はぐれ鳥の巣>です!」


 ミリアが温かく微笑んだ。

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