第8話 裸体の真相

「「……」」


 気まずい……。


 重苦しい沈黙が二人の間を流れる。

 朝食には少し遅い時間のせいか、宿の食堂に他の客の姿はない。

 時折響く、食器のぶつかるチンという音だけが、静寂の中で俺を慰めた。


 正面の席に座るミリアはというと、こちらに視線を向けては、目が合うたびに逸らし、そしてまたこちらを見るという、なんとも気まずさに拍車をかけることをしてくれている。


 いったい昨日何があったのか。

 なぜ、一糸まとわぬ姿のミリアが同じベッドで寝ていたのか。


 わからない。

 わからないが、このままではいけないということはわかる。

 こんな気まずいままダンジョンに潜っては、命を危険にさらすことになりかねない。


「なあ、ミリア」


「ひ、ひゃい!」


 素っ頓狂な声で返事をするミリア。

 その頬は心なしか赤く染まって見える。


「すまないが、俺は昨日のことをよく覚えてないんだ。

 どうして朝、あんなことになっていたのか。ミリアは覚えているか?」


「……アレクさんはどこまで覚えているんですか?」


「俺が覚えているのは、ミリアが俺の手を取ってくれたところまでだ」


「……部屋に私を連れ込んだことは?」


 上目遣いで尋ねてくるミリア。

 その仕草は、不覚にもグッとくるものがあったが、今はそれどころではない。

 聞き捨てならない言葉が聞こえてしまった。


 もしやとは思っていたが、まさか本当に俺がミリアを部屋に連れ込んだのか……。


 酒に弱い方ではない、とは思っている。

 これまでだって、酔いつぶれるほど飲んだことはあったが、こんな事態に直面することはなかった。


 今まで運がよかっただけなのか。

 それとも、ミリアとパーティーを組めたことが嬉しくて、おかしな酔い方をしてしまったのか。


 どちらにしろ、ミリアを連れ込んでしまったという事実は覆らない。


「すまない、覚えていない」


「そう、ですか……」


 そう呟いたミリアの表情は、どこか寂しそうだった。

 その顔を見ると、胸が締め付けられる気がした。


「……まさか、俺はミリアに何かしたのか?」


 記憶はない。

 だが、ミリアのあの表情が示す答えはそれしか考えられない。


「覚えていないんでしたら、大丈夫です。気にしないでください」


 微笑みを浮かべるその顔は、やはり寂しそうで。

 俺を気遣っているのは明らかだった。


 これは、覚悟を決めるしかないのか……。


 ミリアのことをそういう目で見たことはない。

 当たり前だ。

 出会ってまだ三日であるし、ミリアのこともまだよく知らない。


 だが、嫌いかと問われれば、そんなことは決してない。

 言葉を重ねる時間は楽しいと感じるし、パーティーメンバーとしてもこれほど俺と相性の良い相手もいないだろう。

 透き通る黄金色の髪も、大きな碧眼の瞳も、異性として十分に魅力的だ。


 それに何より、その魂が好ましい。

 穏やかで温かな、まるで陽だまりのような魂。

 穢れを知らないそれは、俺の心を惹きつけた。


 他の人には理解できないことだろう。

 普通は魂の色など、見ることができないのだから。


 だが、俺は違う。

【斬魂】の副次効果として、幼いころから多くの人の魂を見てきた。

 人だけではない。

 動物や魔物の魂も、だ。


 透き通るように穢れのないもの。

 黒をさらに煮詰めたような、闇よりなお暗いもの。

 その有様は様々だ。


 一見人当たりのよさそうな神父でも、裏で教会の経営資金を横領しているような者の魂は穢れていた。

 愛想のない老婆でも、スラムで子供たちのために炊き出しを行っている者の魂は温かかった。


 魂とはその生き物の本質を表す。

 表面的な偽りは通用しない。


 だからこそ、穢れのないミリアの魂は魅力的に映る。


「ミリア、責任はちゃんととる」


「……へ?」


「酒に酔っていたとはいえ、ミリアに手を出しちまったんだ。男として逃げはしねぇ。

 裕福な生活をさせてやるとは言えないが、それでもお前と子供を飢えさせたりはしない」


「こ、子供!?」


「順番はおかしなことになっちまったが、初めて見た時からミリアは魅力的な女性だと思っていた。ミリア、俺とけっ」


「ストーーーップ!」


 ミリアが手をバタバタさせながら俺の言葉を遮った。


「どうしたんだ、急に大きな声を出して」


「その……、ごめんなさい!ちょっと、アレクさんに悪戯しようとしただけで。

 まさか、そこまで真剣に考えてくれるとは思っていなくて」


「……悪戯、だと?」


「はい……」


「つまり、俺はミリアに何もしていないということか?」


「……そうなります」


 はあぁ~。


 どっと疲れが襲ってくる。

 そうか、悪戯か。


 俺はミリアに手を出していない。

 だから、責任をとる必要もない。

 よかった。

 ……よかったのか。


 なんだか、胸の奥がもやもやする。


「初めから全部ミリアの悪戯だったのか」


 朝同じ部屋で寝ていたことを考えると、昨日の内から仕掛けてきたということか。

 なんとも手の込んだいたずらだ。


「あ、いえ。私がアレクさんの部屋に連れ込まれたのは本当です」


「え……。じゃあ、まさかミリアが服を着ていなかったのは、俺が?」


「それは違います。私、裸族なので」


「え゛!?」


「寝るときは裸にならないとどうも落ち着かなくて」


 ミリアの爆弾発言に思考が追いつかない。

 正直、悪戯のことなど、吹き飛んでしまった。


 裸族、だと!?

 こんなに穏やかで、おしとやかな雰囲気をしているのに、部屋の中だとフリーダムエンジョイ勢だというのか!?


 なんというか、人は見た目によらないとはよく言ったものだと思う。

 魂を見ることができる俺でも、裸族であることは見抜けなかった。


「あの、怒ってますか?」


 裸族発言にフリーズして黙り込んだ俺を見て、怒っていると勘違いしたのだろう。

 少しおびえたような瞳を向けてくる。


「はぁ……。怒ってない。だが、こういう悪戯はほどほどにしてくれよ」


「わかりました、ほどほどにします」


 どうやら、やめるつもりはないらしい。

 まあ、あやうく告白するところではあったが、新しい仲間と親睦を深めることができたと思えば悪くはない。

 少々、いや、かなり恥ずかしい思いをした気はするが。


「ところでアレクさん。さっきの言葉はどこまで本気だったんですか?」


「……さあな。まだ、出会ったばかりだ。もしかしたら、俺は稀代の大ウソつきかもしれないぜ」


「クスッ。確かにそんな可能性もあるかもしれないですね。……もう一つだけ、聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


 真剣な表情のミリアは、少しためらうようなそぶりを見せた後、静かに口を開いた。


「……どこまで見ました?」


「見てない!見えただけだ!」


「エッチ」


「うるせぇ、裸族!」


 ミリアは本当に悪戯好きらしい。

 まだまだ、知らないことばかりである。

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