第7話 祝勝会
「ボス討伐を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
カツンと木製のジョッキをぶつけ合う。
レイストの安酒場の一角で、俺とミリアはささやかなお祝いをしていた。
ミリアにとっては初めてのボス討伐。
俺にとっても、天恵を活かしてボスを討伐した記念すべき日だ。
酒をあおり、料理に伸ばす手が進む。
何年も己の天恵に悩みながらも、くじけずにダンジョンに潜り続けた。
それがようやく報われたのだ。
この喜びは、他の冒険者には分からないだろう。
ミリアも向かいの席でジョッキを傾けている。
中身はもちろん酒だ。
果実水を頼もうとしたら、頬を膨らませながら怒られてしまった。
子供ではないので、果実水はいらないらしい。
「それにしても、ミリアの【縛鎖】はすごいな。第一階層とはいえ、ボスの動きを完全に封じちまいやがった」
鎖に捕らわれ、身動き一つできないホブゴブリンの姿は、それはもう衝撃的だった。
「私もボス相手に使うのは初めてでしたが、ちゃんと発動してよかったです」
「拘束を破られそうな感覚とかはなかったか?」
「とくには。まだまだ余裕です」
ニコニコしながら余裕宣言をするミリアに、思わず苦笑が漏れる。
仲間として頼もしい限りだ。
「アレクさんの【斬魂】もすごかったですよね!
剣がピカピカってなって、ズバッって斬ったら、ホブゴブリンがキラキラになって!」
身振り手振りを交えながら、わかるような、わからないような感想を話すミリア。
本人には失礼かもしれないが、その姿は見ていて微笑ましいものだ。
こんな少女が、ボスの動きを完全に封じてしまうほどの力を所持している。
それは制約付きのものかもしれないが、強力であることに変わりはない。
なぜ天は人々にこのような力を授けたのか。
その真意は、俺のような一冒険者に推し量れるようなものではないのだろう。
にぎやかな会話が続く。
今まで食べた美味しい料理や、反対に不味かったゲテモノ料理。
レイネスに来る道中で見た景色や、いつか行ってみたい場所。
それは他愛のないことばかりだ。
だが、俺はそんなありふれた時間を心地よく感じていた。
そして、そんな時間がこれからも続いて欲しいと思った。
そう願うのなら、たとえ怖くても踏み出さなくてはならない。
それが冒険者なのだから。
ジョッキの残りを飲み干すと、俺はミリアを見つめた。
「ミリア、大事な話がある」
俺の雰囲気に何かを感じたのか、ミリアは居住まいを正した。
「どうしたんれすか?」
ただ、その表情は緩んだままだったが。
「俺は今日ミリアとダンジョンに行けて良かったと思う。
ミリアのおかげで、初めて自分の天恵をダンジョンで活かすことができた。
ホブゴブリンの魂を斬った瞬間の高揚感は、これまで味わったことのない最高のものだったよ。ミリアの天恵はすごい。
ダンジョンに行く前にも話したが、ギルドで仲間を募れば、上位のパーティーからだって勧誘されるだろう」
ミリアの天恵は非常に優秀だ。
だが、それだけではない。
今日ミリアと過ごしてみて分かった。
ミリアの魅力はその穏やかな人柄だろう。
いくら優秀な冒険者であろうとも、人格の破綻している者はパーティーに歓迎されない。
それは当然だろう。
パーティーとは己の命を預ける仲間たちのことだ。
他者を尊重できないような者に、自分の命など託せない。
その点ミリアは冒険者としての才能も、人としての魅力も申し分ない。
不和を起こしてパーティーを追い出されるようなことはまずないだろう。
昨日冒険者ギルドの前で声をかけなければ、一緒にダンジョンへ潜ることすらないまま、ミリアはレイストで有名な冒険者になっていたに違いない。
だが、声をかけたのは俺だ。
昨日の気まぐれが、俺に最後のチャンスをくれたのだ。
俺が思い描く理想の冒険者になるためのチャンス。
「……それでも俺はミリア、お前とパーティーが組みたい。
ミリアとなら俺はもっと強くなれる。
もっといろんな景色を見ることができると思うんだ。
自己満足なのはわかっている。
ミリアが他の人とパーティーを組みたいと思うなら、俺にそれを止める資格はない。
だけど、もしまた一緒に冒険をしたいと思ってもらえたのなら。どうかこの手を取ってくれないか」
俺はそっと右手を差し出した。
その手がかすかに震えているのは、飲みすぎたせいではないだろう。
テーブルの上で震えるその手は、しかしながらすぐに温かなものに包まれた。
「あれくさんは、やっぱりおばかさんれす。
わたしももっとあれくさんといっしょのけしきがみたいれす」
舌が回っておらず、聞き取りにくかったが、返事の内容などその笑顔をみれば一目瞭然だった。
「ありがとう、ミリア!!」
俺は身を乗り出し、テーブル越しにミリアの華奢な体を抱きしめた。
「ア、 アレクさん!?」
「ありがとう、ミリア!俺、頑張るからな!これからはずっと一緒だ!」
「あ、え、ちょっと!?」
「今日は人生で最高の日だ!」
歓喜するアレクの声は、酒場の喧騒にゆっくりと溶けていった。
◇
「うぅ……」
頭が痛い。
昨日は飲みすぎたか。
瞼を上げると、ぼんやりとした視界に宿の天井が映った。
昨日は楽しかった。
ミリアとダンジョンに行って、一緒にボスを倒した。
それも【斬魂】を使ってだ。
その時の感動は、一夜経った今でも思い出せる。
そしてそれから、ミリアとささやかだが打ち上げをした。
他愛のない話しかしていないが、それでも仲間とテーブルを囲むひと時は楽しかった。
そう、仲間だ。
ミリアとパーティーを組むことになったのだ。
お試しではない、本当のパーティーだ。
断られたらどうしようかと思ったが、ミリアが手を取ってくれた時は嬉しかった。
それから、ええっと……。
(俺はいったい、いつ部屋に戻ってきたんだ?)
未だぼんやりとした頭で考えるが、さっぱり思い出せない。
宿に戻っているということは、自力で帰ってくることができたということだとは思うのだが。
二日酔いで痛む頭をさすろうとしたその時だった。
右腕が動かない。
まるで、なにかに拘束されているようだ。
それも温かく、やわらかいものに。
とてつもなく嫌な予感がする。
いや、まさか、そんなはず……。
じっとりとした汗が流れる。
二日酔いなど、どこかへ吹き飛んでしまった。
激しく鼓動する心臓を鎮めるように、ゆっくりと深呼吸をする。
……確かめなければ。
もしかしたら、俺の勘違いかもしれない。
そんな淡い期待に賭けながら、俺は機械仕掛けの人形のように、ゆっくりと首を右にひねった。
するとそこには、穏やかに眠るミリアがいた。
……俺の腕をぎゅっと抱きしめた、一糸まとわぬ姿のミリアが。
「ぎゃああああああああ!」
それは、俺が冒険者になって初めて上げた悲鳴だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます