第10話 第二階層
<はぐれ鳥の巣>を結成した俺とミリアは、さっそくダンジョン攻略を進めることにした。
俺の【斬魂】とミリアの【縛鎖】。
この二つの天恵の前にはたとえボスといえど、なす術もないだろう。
それは、一面では正しい認識に違いない。
だが、そう甘くないのがダンジョンだった。
第二階層。
そこにボスとして君臨していたのは、ラージコボルトだった。
二足歩行する、犬面の魔物であるコボルト。
そのコボルトの上位種であるのが、ラージコボルトだ。
小柄なコボルトよりは大きいが、それでも俺と比べてそれほどの違いはない。
武器が直剣であることもあり、見た目だけなら、第一階層のボスであるホブゴブリンと大差ないように思えた。
しかし、その戦闘スタイルはホブゴブリンとは大きく異なった。
ホブゴブリンが正面から力任せに剣を振り回してきたのに対して、ラージコボルトはひたすらに一撃離脱を繰り返してきたのだ。
一撃振り下ろしては離脱し、次の一撃を繰り出す。
その動きは機敏であり、追撃を加えるだけの余裕はなかった。
一撃の重さはホブゴブリンよりもいくらか軽いため、余裕をもって捌くことができる。
だが、すぐ距離をとられてしまうため、その場に引き留めておくということができない。
これでは作戦の要であるミリアの【縛鎖】を発動させるための条件、直に接触をすることが困難であった。
ラージコボルトの一撃にカウンターで武器による攻撃を加えるのと、素手で接触するのとではその難易度が大きく異なる。
武器を振り回す相手に、無防備な肉体で接近するのはあまりにもリスクが高い。
身軽な者ならそれでもやってのけるのだろうが、残念ながらミリアにそれだけの身体能力はなさそうだった。
これまで一人でダンジョンに潜っていただけあって、ミリアの身のこなしは一般人のそれとは比べるまでもないが、その程度だ。
ラージコボルトの攻撃を掻い潜って、接触するだけの余裕はない。
「こう動き回られては、近づくことができないです……」
何度もラージコボルトへの接触を試みていたミリアが、肩を軽く上下させながらいった。
ラージコボルトは決して強い相手ではない。
一撃離脱による攻撃は厄介ではあるが、まったく隙が無いわけでもない。
接近してきたときにカウンターで少しずつ攻撃を加えていけば、天恵を使用せずともいつかは倒せるだろう。
だが、それでは意味がない。
このままダンジョン攻略を続けていけば、ラージコボルトより厄介な相手が現れるのは確実だ。
第二階層で苦戦しているようでは、そんな相手に天恵なしで勝てるはずもない。
まだまだ戦闘にいくらかの余裕がある段階で、経験を積んでおかなくては。
(だが、どうする?
ああ跳び回られちゃ、ミリアの【縛鎖】が使えないぞ)
これが人間相手なら、疲労で動きが鈍る可能性もあるが、果たして魔物に疲労という概念があるのだろうか。
あればいいが、ないのであれば持久戦はこちらに不利だ。
『ヴワアオォォォ!』
雄叫びを上げながら斬りかかってくるラージコボルトの剣を受け流す。
ラージコボルトは流された剣の勢いに身を任せるように、俺の脇を駆け抜けていく。
徹底した一撃離脱。
そこにはミリアが接触するだけの隙はない。
【縛鎖】を発動させるには、どうにかして足を止める必要がある。
(こいつは一撃離脱にこだわっている。
ならば離脱する余裕がないほどの連続攻撃を仕掛けたらどうだ?)
これまではラージコボルトの攻撃を捌くことに徹していたが、あえてこちらから攻める。
絶え間なく攻撃をすれば、ラージコボルトの実力では離脱する余裕はないのではないだろうか。
分らないが、やってみるだけの価値はある。
「ミリア!攻めに転じるぞ。
離脱する余裕をなくせば、ミリアが接触できるだけの隙をつくれるかもしれん」
「わかりました!」
俺はもう何度目かになるラージコボルトの斬撃を流すと、今度は離脱を許すことなく、その胴を斬り上げた。
『ヴアォッ……』
ラージコボルトは苦悶の声を漏らすが、傷自体はたいしたことない。
俺はラージコボルトが離脱する前に、次の斬撃を繰り出す。
さすがにその剣は受けられるが、目的はダメージを与えることではない。
俺は間髪入れずに、攻撃を繰り返した。
横を抜かせはしない。
斬り下ろし、薙いで、斬り上げる。
後ろへ跳べば、こちらも大きく踏み込む。
ラージコボルトのそれは、所詮は戦術の範疇であり、驚異的な身体能力からくる動きではない。
それならば、俺でも離脱させないよう攻めることができるのでは、という目論見は見事に成功していた。
やがて俺の圧に押されるように、じりじりと後退していたラージコボルトの背中に何かが触れた。
ラージコボルトは反射的に振り向いて、その何かを確認しようとしたが、しかしそれが叶うことはなかった。
「【縛鎖】!」
透き通るような声とともに現れた鎖によって、ラージコボルトはその場に拘束された。
「いい経験になったよ。ありがとうな」
そういってアレクは上段に己の剣を構えた。
呼吸を整え、一撃にすべてを集中する。
「やっぱり綺麗……!」
まばゆい光に包まれていく剣をみてミリアがつぶやいたが、その言葉は俺に届くことはなかった。
俺が知覚しているのは、魔物特有の、どす黒い魂のみ。
ラージコボルトの命が尽きるまでの、最後の一分が過ぎ、そして魂を斬り裂くその一撃は放たれる。
「【斬魂】ッ!」
一切の抵抗なく、だがその光る白い軌跡は、確実にラージコボルトの魂を斬り裂いた。
光の粒となって霧散するラージコボルト。
俺はその向こうにいるミリアへと近づくと、武器を失った右手を挙げ、同じように触れるものを失ったミリアの右手を鳴らした。
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