第7話 班長は不憫で過保護
「それでお前らがいない間に、人面犬が浅草の仲見世でゴミ箱漁ってたってんで、おばあちゃんが相談に来たんだって」
半分べそをかいたようなだみ声が、パラ対のオフィスに響いている。
たまにしかパラ対に顔を出さない班長・八森がデスクに突っ伏してこの話をするのも、本日三度目だった。
「それから別件で、今ニュースになってる若者の集団失踪事件あんだろ。ほら、少年係が追ってたけど、今
花綵テレビを訪れてから三日。
百々と累の冷戦状態は続いており、ほとんどオフィスで口も利いていない。八森はそれに巻き込まれている形になる。
八森は、高校生の娘に臭い汚いうざいキモいとけんもほろろに邪険にされることをしょっちゅう百々に愚痴ってくる。その相手をするのは面倒でいつもは放置しているのだが、今回ばかりはさすがに哀れになって、百々は重い沈黙を破った。
「ですってよ、境木さん」
「あ? そういう魑魅魍魎の類は鳥居の管轄だろ」
「その魑魅魍魎の類を扱う部署に異動してきたんですよ、あなたも」
百々はそう言って、目線を手元に戻した。
女性ファッション誌の表紙には、ヌーディなベージュのアイカラーを纏った高瀬がアップで映っている。透け感のあるシアーシャツからは、光を帯びた白い肌が覗いていた。
「――高瀬さんはどうして、写真の流出についてあれほど頑ななまでに霊能力によるものだと疑っていたんでしょうか」
「そりゃ、サイコメトリー能力なんてもんを使えるって触れ込みの奴にスマホ弄られたかもってなりゃ、疑うのも無理ないんでない?」
八森はデスクに肘をついて、両頬を手で包みこんだ態勢で百々を向く。
「なら八森さんは、同じ状況で秘密が漏れたとして、霊能力を第一に疑いますか?」
百々の問いに、八森は渋い顔をした。
「いんや、パスワード盗み見られたか、指紋をどっかで盗られたかもって思うわな」
「ええ。二十一世紀現在、この国にはサイキックへの懐疑的スタンスが根づいています。明星さんがお茶の間で持て囃されているのも、多くは霊能力を持ち上げているのではなく、彼女のそういったキャラがタレントとしてウケているに過ぎないはずです」
百々の推論を八森は頷きながら聞いている。
「そうしたなかで、高瀬さんが原因を霊能力だと信じ込んでいるのは何故か」
「明星がホンモノだって確信があるのかもな」
来客用ソファに頬杖をついて、累はやる気のない返事をする。その答えがいまいち腑に落ちなくて、百々は視線を落とした。
兎にも角にも、明星の霊能力の嘘を暴く必要がある。
「境木さん。明星さんのサイコメトリー鑑定に誤りはありましたか」
「……いや、正確だったよ。怖いくらいにな」
累は皮肉げに言ったが、先のサイコメトリーは、ほとんどコールドリーディングの範疇に収まるものだった。
三十年近く生きていて大切なものをなくしていない人はいないし、累の反応からなんらかのトラウマを嗅ぎ取ることは難しいことではない。サングラスが傷こそ少ないが古びていたことから長年使用してきたものだと推測することも可能だろう。
とはいえ、少々具体的すぎる嫌いがあったことも事実だ。もし事前に累の来歴を調べていた証拠でも見つかれば、彼女の嘘を暴く糸口になる。
「で、結局人面犬とクナド様調べてくれんの?」
思考の海に沈み始めた百々を、すげなく八森が引き戻す。
「明星さんはメディアにも多く露出していて、影響力が大きい。詐欺や恐喝の被害者が出ている可能性も否めません。私としては、こちらの調査を優先したいのですが」
百々の言葉に八森はわざとらしいため息をついた。
「わーったよ。俺が仲見世通りで犬っころ追いかけてくりゃいいんだろ。……ったく、誰も俺を労わりゃしねえ」
「それからクナド様も」
百々の強気の要望に、八森は「勘弁しろよぉ」と情けない声を上げる。
「少々気になることがあるんです。私も今回の件が片付いたらお手伝いをしますから」
百々の取り成しにも、八森は臍を曲げている。
しかし突然脈絡もなく、八森はパンと柏手を打った。
「あっぶね、忘れるとこだった。お前らが読みたいって言ってた宮野涼音の捜査資料、貰ってきてやったぞ」
そう言って、八森は茶封筒を取りだす。百々はそれに一も二もなく飛びついた。
高瀬とは、彼女が依頼を持ち込んできた日以来ほとんど連絡が取れなくなってしまった。地方ロケに行くとかで、しばらくは来られないし連絡もできないという話だった。
今回の依頼の裏に宮野の自殺が関係しているのか一刻も早く問い質したいところだったが、今はこうして地道に裏を取っていくしかない。
「っと、危ねっ。鳥居、それ本当に見るんだな」
「見ますよ。なに悠長なことを言っているんですか」
「この部署、今まで人死にのヤマ扱ったことなかっただろ。いいか。現場写真も入ってるからな。そこんところよく心に留めておけよ」
「……子ども扱いはやめてもらえますか」
実を言うと、八森との腐れ縁は今に始まったことではない。
百々が八森と出逢ったのは、まだランドセルを背負って小学校に通っていた冬のことだった。もっとも、百々は一時期不登校だったので、その言い方は正確性に欠けるのだが。
とにかくそれもあって、八森は百々のことを十代のお嬢さん扱いしてくることがままあった。
「そうじゃねんだよ。俺はお前のそのみょうちきりんな知識は買ってる。それは存分に発揮してもらわにゃならんが、デカの真似事までしなくてもいいってこった」
八森は百々の代わりに、累に茶封筒を手渡した。むっとしつつ、百々は来客用ソファに陣取った累を追いかける。
勝手なことを言うだけ言って、八森は慌ただしく部屋を出て行った。
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