第5話 霊能力者VS.サイキックハンター
その『スクープ・トゥデイ』の収録現場に百々はいた。
相棒となった元マル暴デカは
それゆえか、百々たちは遠巻きにされていた。
百々が腕組みをして辺りを見渡していると、頭上から低い声が落ちる。
「なにピリピリしてんの?」
「べつに。ピリピリなんてしてません」
「あっそ」
累は言うなり、イヤフォンをつけてスマートフォンで宮野の遺作となった映画『誰が駒鳥を殺したの?』の予告を眺めはじめる。
百々も何回か見たが、宮野の世界の果てを射抜くような透明な眼差しが印象的な予告編だった。
「妙なタイトルだよな」
その暢気な言葉に百々は目を剥く。
「クック・ロビンですよ」
「クック・ロビン?」
怪訝そうな声に、百々は小さく溜め息をついた。
百々も超心理学や民俗学などの分野以外の常識はあまり持ち合わせていないので人のことを貶すようなことは言えないが、累も知識が偏りがちな傾向があるらしい。
「童謡『マザー・グース』の一篇です。殺人を題材としているため、古今東西ミステリー小説や映画のモチーフとして使われてきました」
「へえ。けど、自殺じゃミステリーにはならねぇな」
片頬を上げて、累が嗤うのに失敗したような顔をする。
早く着きすぎたためか、スタジオにはまだ人の姿は少なかった。
けれど目当ての人物は、間もなく現れた。
コツリとハイヒールが床を鳴らす音。
甘やかな花の香がかおって、豊かな腰ほどにもある黒髪がこぼれ落ちる。アシンメトリーの赤のワンピースは、艶やかな濃い色をした肌によく似合っていた。
「はじめましてね、鳥居百々さん。警察の方がいらっしゃるとは聞いていたけれど、まさかあなただとは」
そう言って、明星は真紅のグロスが引かれたぽってりと肉厚の唇を笑みの形に引き上げた。
百々の名前は、界隈ではそこそこ知れ渡っている。
一時期バラエティ番組などで自称霊能者たちのペテンを次々に暴いていったためだ。そういうわけで、百々が面識がなくとも相手は知っているということがままあった。
「今は警視庁でコンサルタントをしています。それからこちらは」
「警視庁の境木です」
累はそう言って、軽く頭を下げた。
その淡白な態度に、明星が興味深そうに累に目線を投げる。
明星の反応は百々にも理解ができた。
好奇や嘲笑や嫌悪を向けられがちなこの界隈で、累のような冷めた態度は珍しい。かつては霊能者がバラエティを沸かせていた時代もあったが、カルト教団『ひかりのいえ』によるテロ事件を機にその風向きは大きく変わった。
明星の芸風は事件を知らない若い世代を中心にウケているが、高齢者などからは眉を顰められていると聞く。
百々自身、メディアに出演していた頃は、時にインチキ霊能者と混同されて生卵をぶつけられるようなこともしょっちゅうだった。
サイキックハンターの知名度はないも同然。本来正反対の立ち位置なのに、一般の人々からは同じような存在に見えているらしかった。
「申し遅れました。メロウミュージックの明星凜香です。このところ立て込んでいて、お話するのがこんな忙しない場所になってしまってごめんなさいね」
「いえ。こちらこそ、無理を言ってすいません」
注意深く明星の挙動を見つめている百々に代わって、累が殊勝な言葉を口にする。
明星はスタジオの隅に移動すると、百々に向かって手のひらを差しだした。
「それで、私の能力をお見せすればよいのだったかしら」
「……サイコメトリーと称して私の過去を言い当ててみせるおつもりですか? それならここにいる境木さんにもできますよ」
百々の冷えた声に、明星はくすりと笑った。
「たしかにそうね。ならそちらの色男さんにお願いしようかしら」
水を向けられた累は、明星ではなく百々を見下ろしていた。
「不機嫌なコンサルタントさんをもって大変ね? それとも……私がよく似ているからかしら。百々さんの、とっても大切で、とっても憎らしい相手に」
明星はまるで芝居の台詞かなにかを口にするように、たっぷりと時間をかけてそう言った。
渇ききった喉に怒りの塊が逆流してくる。明星を睨みつけてそれをやり過ごしているうちに、怒りはそぼ降る雨の幻聴に変わった。
頭が鈍く痛んで、視界が回りそうになる。
「俺を挟んで煽り合うのはやめてもらっていいっすかね」
累は半笑いを浮かべてそう言いながら、存外繊細な手つきでサングラスを明星に手渡した。
「……あら、これは」
サングラスに触れるなり、明星は目を伏せた。
「大切なものをなくされたようね」
累の指先がぴくりと震える。
これまで河童のレプリカや霊能力絡みの相談を涼しい顔で受け流していた男が、初めて顔を強張らせる。
明星は累の骨ばった指から肩へと視線を這わせて、それから薄く開いた唇と僅かに緊張を滲ませた眸を見上げた。
「けれど、永遠の別れではない……そう、止められなかったのね。この子、あなたの後悔とともに長い時を過ごしてきたみたい」
明星はまるでなにかを悼むような眼差しで累の耳元に唇を寄せた。
そして神託を告げるように、浅く息を吸いこむ。
「あなたはまだ、その人に囚われている――」
「そんなのは、バーナム効果を利用した初歩的な詐欺師の手口です」
百々の声に、弾かれたように累がこちらを振り返った。
痛む蟀谷を指で揉みほぐしながら、百々は累を見上げた。
累は、さながら魔に魅入られたごとく視線を彷徨わせている。
「……バーナム効果?」
「占い師というのは、誰にでも当てはまることをもっともらしく告げるもの。すると人は、それがさも自分だけに当てはまっていると勘違いしてしまう。これは心理学用語でバーナム効果と呼ばれる現象で、占い師と営業マンの十八番です。それから、詐欺師もね」
百々の剣呑な目つきにも、明星の優雅で色めいた笑みは崩れない。
「あら、美人すぎるサイキックハンターさん。あなたらしい着眼点だわ。でも私をいかにもイカサマ霊媒と同じように扱うのはやめていただけません?」
美人すぎる云々とは、かつてメディアで使われていた百々のキャッチフレーズだ。変わった職業やポストにつく女性に付けられる、意味のない定冠詞である。百々がそれを嫌っていると知って使ってくるあたり、明星は性根が歪んでいる。
「……あなたが本物なら、前言は撤回します。ですが私の見立てでは、あなたはただのコールドリーディングに長けた話術師の域を出ません」
「百々さんの見立て、ねえ。本物の能力者をインチキ呼ばわりするだけなら、誰にだってできるもの。サイキックハンターを名乗るからには、私が詐欺師だという動かぬ証拠を示してくれないと」
明星の言葉は、認めるのは癪だが正論だった。
ないものをないと証明するのはなかなか骨が折れる。
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