第2話 新しい職場へ

 スコット公爵の領地は、王都から馬車で5日程の距離にある城塞都市ラヴェンナ。

 城壁正門の上部にはマリア像が鎮座しており、正面道路の突き当たりには荘厳な大聖堂が見えている。


 城壁の近くを流れるサラエナ川から引き入れた豊富な水で、街は清潔に保たれ多くの店や屋台が立ち並んでいた。



 旅の最終日、馬車のトラブルに見舞われたアメリア達がラヴェンナに到着した時には日が暮れかかり、領主館を訪ねるのには不適切な時間になっていた。


 アメリアは侍女と共に宿屋に部屋を取り、最後の夜を満喫することにした。


「アメリア様、夕食はどうしなさいますか?」


「下でいただこうと思うの。少しでも町の様子が分かるかもしれないでしょう?」


「危なくないですかねぇ。若い娘が一人でいたりしたら」


 アメリアはくすくす笑いながら、

「大丈夫よ。若くもないし、ロージーもいるしね」



 アメリアは二十歳、この国の貴族令嬢としては立派な行き遅れの歳になっている。


 ランドルフ子爵家が大きな負債を抱えた時、アメリアの婚約者は早々に婚約破棄を言い出した。


 その後アメリアは内職に精を出していたが、一年前高給の家庭教師の話がありそれに飛びついた。給料の殆どを実家に仕送りしながら仕事を続け、自分はこのまま独身を貫くつもりだった。



「この街は漁業も盛んだから、きっと美味しいお魚料理がいただけるんじゃないかしら」



 宿の一階に降りると既に席は一杯で、亭主が申し訳なさそうにカウンターの隅の席に案内してくれた。



 出てきた新鮮な魚料理に舌鼓をうちながら、周りの様子を伺う。

 酔客もいたが、馬鹿騒ぎすることなく談笑して居る。


「この街は治安も良さそうね」

「そうですねぇ、安心したですよ」


 ロージーは子爵家に長く仕えているが、未だに田舎の方言が抜けないでいる。




「アレクシス様は、・・だからなぁ」


 アメリアの耳に気になる名前が聞こえてきた。


「だよなぁ、こないだはジェシカだろ?」

「その前はルーシー? 覚えてらんないよな」

 

 すぐ後ろのテーブルでは、男達がエールを飲みながら笑っている。


「一体どんだけ庶子がいるのか」


「教会の孤児院はアレクシス様専用だって笑い話があるぜ」


「目についた女、片っ端から誘ってんだろ? そりゃ庶子だらけになっても当然だよなぁ」


「今度新しい孤児院が出来るんだろ? そこがアレクシス様専用になるらしいぜ」


「玉なしだって噂もあるぜ。だから安心してやりまくれるとかさ」


 一際大きな笑い声が響いてきた。



(どうやら次男の問題は女癖のようね)



「お嬢様、領主館に行きなさるのは危なくねぇですか?」



 かなり動揺しているらしく、ロージーの方言が酷くなっている。


「大丈夫よ。話の様子からすると、無理矢理襲ってるわけじゃなさそうだもの。

それにね、そういう人の注意をひかないコツは知ってるもの」



 自信たっぷりのアメリアを横目で見ながらロージーは、

「だども、お嬢様は婚約者になったんしょ? んだら危険ではねえですか?」


「心配しないで。沢山の新鮮な人参が目の前にあって食べ放題なのに、態々萎びた人参を取りに行く馬はいないわ」


 ロージーは、にっこり笑ったアメリアに顰めっ面をして、

「萎びとりゃせんですわ。それに人を人参に例えんのは良くないで」



「そうね、人参が可哀想だわ」

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